第108話 間違うのなら徹頭徹尾

 ゆきの説明によると……

 江戸から遠く離れた田舎の漁村の暮らしは、かなり悲惨なものらしい。

 農村だって不作豊作に振り回されて、税を取られ、アップアップの生活なのに、漁村ではそれがもっと激しくなる。

 冬など海が荒れて漁にも行けない。

 命がけで出かけても、必ず成果が約束されるものでもない。

 その日暮らしだ。

 蓄えを作る余裕もなく、冬が来れば食い詰める。

 結果、女の子を人買いに売る。

 それも無ければ他者から奪う。

 出来ないのなら死ぬだけだ。

 「ただ、やっているだろうとは思っていました。でも、現実に知り合いが山賊をしているのは、それを見るのはショックでした。」

 スウトウは、溜息混じりの大切な人の手を握る。

 それはそうだと思う。

 自分の身内が、知り合いが、人を殺すような悪事に手を染めているなど。

 ……

 しかし、同時に思う。

 それをしないと、妻が、子が、父母が死ぬのだ。自身だって死ぬかもしれない。

 他者の命か、自分達の命か?

 そんな悲しい選択を迫られる、この状況はありなのか?

 黙って聞いていたジュンケンが、

 「ちょっと行ってくる」と、道を戻り、山賊の頭を引きずってきた。

 肘が砕け、足の甲が砕けている。

 ジュンケンは体は小さ目だし、力が強いわけではない。

 本気で引きずって坂を下りていくものだから、

 「止めてくれぇ‼許してくれぇ‼」と、男は泣き叫び続ける。

 少年は村を目指した。


 「おーい‼出てこーい‼お前らの村の泥棒野郎を連れてきたぞ‼」

 腹から響く声だった。

 村の人々が驚いて家から出てくる。

 中に、つい今しがたジュンケンに叩きのめされた棍棒の男達もいた。

 治療が間に合っていないらしく、かろうじて手は吊っていたが痛々しい格好だ。

 「ひいっ‼」と、奇妙な声を上げて逃げる。

 少年の足元には山賊の頭が転がされ、埃まみれで、腕は肘を境に向いてはいけないほうに曲がり、足は遠目にも腫れ上がっていた。

 彼らが何をやっていたか、知らない訳もない。

 ただ想定を超える有様に、村人達は言葉も無かった。

 中に1人、

 「あんた‼」と、飛び出してきた女性がいる。

 頭の奥さんだった。

 「こいつの嫁か?」

 ジュンケンはありのままを説明する。

 「こいつとその仲間が、俺と連れを襲ってきた。金を出せってな。

 なんで返り討ちにしてやった。」

 あっさりとした説明、泣き叫ぶ仲間の様子に、一部血の気の多い連中がいきり立つものの、

 「駄目だぁ‼」

 「全員で掛かっても敵わない‼」

 「死ぬ気かぁ‼」と、他ならぬ怪我人達に止められた。

 「まあ、復讐したければ返り討ちにするだけだし、構わないよ。

 それより俺は提案に来たんだ。」

 「提案?」

 「ああ。」

 「?」

 「お前らは自分が食つなぐためなら、誰かを殺してもいいってくらい、どうしようもない奴らだろう?

 なら、動けないこいつも、腕が利かない他の2人も、村のためには捨てるんだよな?」

 「あ……」

 「まあ、知り合いは捨てにくいだろうしさ。俺が海にでも捨ててやる。そういう話だ。」



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