第107話 寒村の不都合な真実

 男は混乱していた。

 家には今日食べるものもない。

 4人の子のうち下の1人と、体の弱い妻は歩くだけで息を切らす。

 残る子らが荒れた海辺で危険を冒し、海藻類を拾ってくるが、腹が膨れるものの栄養にはならなかった。

 漁村の冬は厳しいのだ。

 漁にも出れない、現金収入がない。

 『食い詰めて山賊となる』のは、実はよくあるパターンなのだ。

 今回もうまくいくはずだった。

 数日か、金のある旅人に当たれば数週間は暮らしていける。

 なのに‼


 「うわぁぁぁ‼」

 好戦的なわけじゃない。

 逃げられるなら逃げたい。

 圧倒的な実力差に、しかし1度は襲ってしまっている以上、引っ込みがつかなくなったのだろう。

 鎌の男が突進してくる。

 瞬間‼

 「ぎゃあぁぁぁ‼」

 結局仲間とお揃いになった。

 凶器を持った腕の肘を砕かれ、しかし最後の彼は大柄だったせいか、その勢いが殺せない。

 いっそ腰でも抜かせば追撃はされなかったのに。

 武器を落としてなお踏み出した足の甲に、ジュンケンの踵が落とされた。

 「‼」

 痛みが大き過ぎて、声さえ出せない。

 山賊の頭と目された男は、足を踏みつぶされる形で複雑骨折した。

 その場に転がり回って苦しむ耳に、

 「犠牲者のためにも少しは懲りろよ」と言った、ジュンケンの声が届いたかどうか?

 「はあ。」

 一連の騒ぎを見守った形のゆきが、ため息交じりに笠を脱いだ。

 この時代の旅装束は、男も女も笠を被り、彼女もそれに倣っていた。

 そう。

 笠があるから、山賊達は気付かなかったのだ。

 ゆきのきらめく銀髪と、灰銀の瞳があらわになった。

 「‼」

 泣き叫んでいた頭が、涙とよだれまみれの顔を凍らせる。

 「お前……まさか、……」

 見知った顔だった。

 そして、ゆきの方も知っていた。

 「私の村の人間です。」

 さすがにニコニコしている場合ではなかったのだろう、沈痛な表情の彼女が、

 「でも、父とか兄とか出て来なかっただけ、ましだったかもしれませんね?」と、無理やり笑った。

 「旦那様、ジュンケンさん、こちらへ。」

 ゆきは道の先へ……さっき棍棒の2人が逃げて行った方向へ進んでいく。

 ジュンケンと、スウトウも後に続き……

 本当にあと少しだったらしい。

 山賊もどきが飛び出した茂みの先が、急に開けた。

 道は緩やかな坂となり、ちょうど小高い丘から遠景で見下ろすような景色となる。

 坂の下に村があった。

 荒い海に面している。

 粗末な小屋。粗末な船。

 時々雪が舞っている。

 くすんだような、色のない風景だった。

 「あれが私の故郷です。」

 山道を抜けて、海風を急に感じ始める。ゆきの髪がほどけ、銀髪が風に舞った。

 「これが寒村の真実です。」

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