第106話 弱い山賊と良民の境

 実はジュンケン、鍛冶屋からの餞別の黒刀を常に携帯していた。

 背が伸びたからか、服の下に隠しても動きを阻害しない。

 本当に『奥の手』のお守りだったが……

 今回は使わずに済みそうだ。

 それほどの手練れではない。

 ゆきの故郷は、最後の宿場から徒歩半日、山間の小道を行く。

 昼近くだった。

 目の前の茂みから飛び出してきた男3人。

 「有り金すべておいていけ‼」

 山賊が現れた。


 山賊とは言ってみたものの、男達は雪もある季節だから長靴状の藁の靴にかんじきをつけ、しかし着物はペラペラだ。

 貧しい農民か、漁民か、または猟師か?

 いわゆる一般の民とわかる。

 男2人は棍棒で、残る1人は鎌で武装していたが、それを持つ手が震えている。

 彼らも、少年と、痩せ男と、女性の旅人とみて、組みしやすいと飛び出したのだ。

 「はあっ」と、先頭に立つジュンケンの後ろで、いつもニコニコと感情を表さないゆきが、大きくため息をついたのが印象的で。

 「何をしている‼早く金を出せ‼」と、棍棒の男の1人が恫喝する。

 苛立つ姿に怯えるでもなく、平然としているジュンケンは、しかし、1つ嫌な事実にたどり着く。

 少年は視野が広い。

 身長は高くないが、視野というより武闘家ゆえの気配感知だ、他人より広い世界を探る。

 男達が飛び出してきた、茂みの後ろに何かある。

 目をやれば、旅装束らしい着物の色が見える。

 動かないし、生命の気配がない。

 彼らは既に、人を襲っている。

 今日ではない。数日前だろうが、誰かを襲い、そしてその命を奪い、金品を得ている。

 普段は普通の良民だろうが……

 食い詰めて人を襲い、しかも1度以上成功してしまっているなら、適当に流すわけにはいかない。

 次の犠牲者を生んでしまう。

 ここは戦うべき場面であると、少年は判断した。

 あまりに動かない獲物に苛立ち、

 「ワシ等をなめているのか‼」と、棍棒を振り上げ襲い掛かろうとした1人が、

 「‼」

 一瞬で距離を詰められた、至近距離の少年に驚愕する。

 武器を振るスキをつくらない戦い方は、ゲツレイの動きに学んだ。

 瞬間‼

 「うわぁぁぁ‼」

 「ぎゃあ‼」

 距離を詰められた男と、その横で呆然と動きを止めていたもう1人の棍棒の男の、利き手が関節以外で曲がった。

 続けざまの蹴りでジュンケンが折った。

 男達の手から武器が落ちる。

 少年は2人の無事な方の手を取り、軽く下に引く仕草をする。

 ゴキン‼と大きな音がして……

 2人は肩を抜かれた。

 あまりのことに、そして痛みに、腰を抜かす2人に言う。

 「足を残したのは、自分で逃げてもらうためだぞ。まだやるか?」

 これでも十分手加減してもらっている、手を出してはならない相手に挑んだと気付いた棍棒の2人は、

 「うわぁぁぁ‼」

 「助けてくれ‼」と、駆け出した。

 山道を、転がるように。

 痛みに涙を流しながら走り去る。

 ジュンケンは、残る鎌の男に向き直った。

 「で?どうする?」

 「う……」

 「お前が頭だろ?」

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