第103話 酒は飲んでも飲まれるな

 旅は順調に進む。

 7日目の宿場に入った時、

 「ここから街道を逸れて、小道を半日ほど行った先が私の里です」と、ゆきが言った。

 朝が来たら宗近らと別れることになるのだが、

 「行って、帰って、丁度まる1日の行程です」と言う。

 里に……

 売られた以上それはないだろうが、実家に泊まったり、顔を出す気すら無さそうだ。

 ならば宿にジュンケンの馬を預け、『3人で徒歩移動を』と話していると、

 「私の藩もここから1日の距離です」と、宗近が会話に入ってきた。

 「お2人に貸していたかごを、私が借ります。馬はここに預け、2日で戻ってきますので、またここで落ち合いましょう。」

 何故か必死で主張する。

 気紛れな、思い付きの男だと知ってはいたが……

 こんなに執着……と言うか、離したがらないのも珍しい。

 宗近の行動は、奇妙な印象をスウトウに残した。

 しかし、これは清国側は知らないことだが……

 昨夜、6日目の宿で、

 「若。平良藩に戻るのならば、この辺りで道を変えないと。」

 「ああ、わかっている。わかっているが……」

 実はすでに分かれ道は見送った後だ。

 情けないが、宗近は藩に帰りたかった訳ではない。ただの逃避の旅だから、本音では嫌な、里帰りすらズルズルと伸ばしていた。

 『1日の距離』が、まさか後方に1日だったとは?

 真実は、ため息混じりの中野しか知らない。


 「今日が最後の夜ですし、酒宴を致しましょう‼️」

 こうなった宗近を、止められる者はいない。

 「いや、最後って、明後日にはまた会うんだろう⁉️」

 ジュンケンの突っ込みも華麗に無視で、宿の者に頼んで、着々と宴席の準備が進む。

 ちなみに、ここは現在の東北地方のど真ん中。酒の肴は、真冬ゆえに山菜も少なかったが、今で言うジビエ……丁度猟師から手に入れたばかりらしい、猪があった。

 猪鍋もある、豪華な酒宴になりそうだ。

 ちなみに、宗近は晩酌を欠かせない酒好きで、従者モードの時飲むかどうかはさておき、中野も酒は好きだった。

 15歳、日本的には元服済みで、飲酒も可能なジュンケンは、飲まない。

 僧堂時代、悪い先輩に飲まされて吐きまくった過去がある。

 今は酒より飯である。

 大使の供をする関係で、多少は飲むようになったスウトウも、付き合い程度。

 ゆきは東北出身らしく実は強いが……

 好まない。

 ゆえに、飲むのは宗近のみだ。

 テンションアゲアゲになったり、やたらなついてきたり。

 非常に不安定な次期藩主殿の、くだまきが始まる……




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