第100話 執着系好青年、あらわる

 「いやぁ、僕、沖田総士って言います、新選組の。」

 そう言ってヘラヘラ笑う青年は、武士らしからぬ優男な印象だ。

 「お茶ごちそうさまでした。」

 「落ち着かれました?」

 「はい、ありがとうございます。」

 さくと話す口調も柔らかく、一見して危険な人物には見えない。

 しかし、彼の後ろに『手負いの狼』を見るゲツレイは、終始気を張っているのだ。

 家の前で膝から崩れ落ちていた青年を招き入れ、今は玄関先の上り端に座り一服している。

 沖田の背後に見える『狼』は、全身刀傷を受けて弱っている。病も併発しているらしく、荒い息で蹲る。

 しかしその眼だけはギラついて、明らかに異質な……それこそ燃え尽きる寸前の蝋燭のような、嫌な気配を湛えている。

 警戒に値する、とゲツレイは判断した。

 「僕、よくこの家に来ている男の子に用があるんですよ。」

 「ジュンケンに、ですか?」

 「ジュンケン君と言うんですか?変わったお名前ですね。」

 「ああ、清国の方らしいです。」

 「ほう。」

 沖田はさくと会話を続け、危険を感じているが止めるわけにもいかず、ゲツレイは無言のままそれを見ている。

 「で、彼はどこに?」

 「仕事で北の国に行くと言っていました。しばらく戻れないと。」

 「ああ、そうなのですか。で、この方は?」

 「その方はゲツレイさん。ジュンケンのお姉さんです。」

 「ほう。」

 沖田がゲツレイを見た。

 顔こそ柔和で笑顔だが、何かを探るような感覚がある。

 面倒くさい。

 「あの、図々しいお願いですが……」

 「はい?」

 「お茶をもう1杯頂けないでしょうか?」

 沖田が人払いをした。

 さくが席を立って台所に消えた瞬間、

 「‼」

 殺す気まではないと言うことか?

 沖田の抜き手が首元に迫るが、ゲツレイも瞬時にそれを掻い潜る。

 ゲツレイの抜き手が沖田の喉ぼとけの寸前に止まった。

 獲物を持たない戦いは、一瞬で勝負がついた。

 「はは、強いなぁ、お姉さん。」

 沖田が破顔する。

 「そんなことはない。君が全盛期なら危なかった。」

 今沖田は、結核に侵され鈍っている。スピードも持久力も衰えて、おそらく全盛期の半分の力もない。

 だから大丈夫だったと、少しだけホッとする少女だった。

 「ああ、いっそお姉さんでもいいかもしれない。でも、女の子相手じゃ土方さんがダメだろうな。」

 ゲツレイが彼を警戒していることに変わりはない。

 しかし、一瞬とはいえ無手の剣を交わし、武闘家と言う部分だけだがその実力を評価した。

 「君は一体、何がしたい?」

 ゲツレイから訊く。

 「何って?」

 「私の弟に何かさせたいのだろう?」

 「ああ。」

 沖田は天を仰ぐ。

 彼の脳裏には土方が映る。

 農村で武士を目指した頃からの先輩で、尊敬し、いつまでも付き従いたいと思えた男……

 「武士の世が終わるよ、お姉さん。」

 「たぶんそうだな。」

 「僕も、先輩も、武の力だけで自分たちの境遇を変え、世の中を変えたいと思ってきたからさ。」

 「……」

 「このまま時代に飲み込まれるなら、最後にもう1度、武士らしい戦いをさせてやりたかったんだ、先輩に。」

 「……その相手に、わが弟を選んだのか?」

 「……」

 「自分勝手も甚だしいぞ。」

 「ああ、知ってる。」

 これは『知って』いても止まれない世界だ。

 狂おしいほどの思いが暴走した世界だ。

 「また来ます」と沖田は去って行ったが……

 『来なくていい』と言ったところで来るのだろう。

 面倒ごとの気配に、ため息をつくゲツレイだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る