第98話 女子力皆無の残念系美少女

 「行ってらっしゃい」と、旅行組を見送った翌朝から、ゲツレイはさくの家に行くことにした。

 昨日は、出発の日にも関わらず、ジュンケンが行っている。

 精神的な未熟さゆえの意地みたいなものだが、

 『意外にマメな男だ』と、概ね好意的にとらえた。

 真冬の寒さの中、布団の誘惑を振り切り起き上がる。

 ジュンケンはいつも早朝から出掛け、午前中をさくの家で過ごしていた。

 習慣は変えない方がいいと思う。

 身支度を整え階下に向かった。

 階段を下りながら、ふと気付く。

 そう言えば……

 私に出来ることなど、あるのだろうか?

 非合法裏路地育ちとはいえ、ゲツレイは都会育ち。ジュンケンのような農業スキルも、日曜大工スキルもない。

 なら、多くの女子が持つ家事スキルは……

 あるわけがない。

 基本『生きる』ことのみに特化した存在だ。

 今遅れて子供時代をやり直しているような自分に、出来ることはあるのだろうか?

 考えながら1階に降りると、

 「⁉️」

 台所の明かりが点いている。

 今大使館にいるのは、自分と大使と身重のスイリョウだけだ。

 大使が朝から台所にいるはずがない。

 ならば?

 「ちょっと、姉さん‼️大丈夫なの⁉️」

 思わず飛び込むと、

 「お?来たね、ゲツレイ」と、特に驚きもせず、やはりいたのはスイリョウだ。

 「無理しない範囲なら、動いた方がいいんだよ。」

 言いながら、彼女は風呂敷包みを差し出す。

 「え⁉️重っ⁉️」

 意外な程の重量感に面食らう。

 「あれ?重いかなぁ?」

 スイリョウが渡したのは弁当だ。

 ゆきが担当していた、昼用の握り飯10個。

 「少年は毎日持っていったし、習慣を変えるのはよくないから。」

 確かにそうだが、重量感におののく弁当ってありだろうか?

 ゲツレイはまだ暗い町に出かけて行った。


 当たりが薄明かるくなった頃、さくの家に着いた。

 冬だから余りやることはないと聞いていたが、遠目から見て、さくが畑に出ていると分かる。

 草取りなのか、水やりなのか、門外漢の自分ではわからない。

 向こうでも気付いたようだ。

 彼女が、

 「あ‼️お姉さん‼️」と、手をあげた。

 お姉さん……

 ゲツレイは『ジュンケンの姉』だと思っているが、でも……

 「さくさん……お姉さんは勘弁……

 完全にこっちが年下……」

 「え⁉️でも、ジュンケンのお姉さんでしょ⁉️」

 「そうだが……ゲツレイでいい、名前で。」

 「なら、私も呼び捨てで。」

 最初に見た時は、侍相手に舌戦を繰り広げていた。

 次は、父親を亡くしかけてパニックしていた。

 素の状態のさくはなかなかに元気だ。

 「これ、大使館にいる姉から。」

 「え?」

 「ジュンケンがいつも持っていっていた弁当と言われた。皆で食え、と。」

 風呂敷包みを渡すと、

 「重っ⁉️」と驚く。

 やはり、異常な重さらしい。

 顔を見合わせた2人は、近くにあった切り株を土台に、その場で包みを開けてみる。

 「え⁉️」

 「でっか?」

 出てきた握り飯は10個で、そこはいつもと変わらない。

 ただ、その1つ1つが大きく……ご飯茶碗2膳分はありそうで……

 「私は、これ1つだって食べられないぞ。」

 ゲツレイはため息をつく。

 器用でマメだが、基本大胆。

 スイリョウらしい優しさだった。

 「姉は……えっと……元気な人なんだ。」

 呆気にとられ言葉を無くしたさくに、ゲツレイが説明した。

 困りながら、しかし存外嬉しそうな、珍しい、少しだけ『笑顔』で。


 

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