第96話 辞令を受け取ったサラリーマンみたいな?

 「春頃国に帰るよ。1月の終わりか、2月に。」

 大使から正式に、初めて帰国の情報を聞いたのはスウトウだ。

 さすが秘書官。

 けれど現実には、メンバーの1番最後に知ったと言う不思議。

 相変わらず間が……と言うか、要領の悪い男である。

 ちなみに、表現は『旧暦』。

 3月から4月に帰国すると言うことで、今は10月、新暦で12月だ。

 後、季節1つ分、この冬だけの滞在となる。

 これまでのスウトウなら、

 『やったぁ‼️帰れる‼️』

 『予定より早いから2年後の科挙に備えられる‼️』

 『報酬は成功報酬だから、家族の生活は大丈夫だ‼️』などしか考えないが……

 そう言う社会システムだからだが、スウトウはある意味『子供大人』だった。

 科挙で全てが決まるから、そしてその才があったから、30歳近くまで勉強ばかりで……

 それ以外がほとんど無い、血の涙を流しながらの勉強は、想像を絶する辛さだったが……

 ただ、働く必要もなく、与えられて生活する、幼子のようであることも否めない。

 スウトウは父親の死をきっかけに日本に来て、働いて、大切な人も出来て、急速に大黒柱となった。

 『清に帰ったら、ゆきを家族に紹介しなきゃ。』

 『もう科挙とか言ってる場合じゃないし、父さんと同じ地方役人になって、一家を支えていかなきゃな。』

 考えて、急に不安になる。

 そう言えば、しっかり話したことがない。

 いつもニコニコとジュンケンに、

 「はい、スウトウの嫁ですよ」と答える姿を、嬉しくて、こそばゆくて見つめていたが……

 ゆきは日本の人である。

 スウトウは清の人間で……

 彼女は付いて来てくれるだろうか?

 急にざわめく胸の内。

 スウトウは、

 『とにかく話してみよう』と部屋に向かった。


 今、スウトウとゆきは『ゆきの部屋』に住んでいる。

 ゆきが大使館に来た時、

 「2人で横に住むのだけは勘弁してくれ」と、ジュンケンが言った。

 旅館をそのまま使用している彼らの部屋割りは、階段を挟んで、奥から大使、スイリョウ、ゲツレイ。

 逆奥から、スウトウ、ジュンケンだったから。

 何を想定しているのやら?だが、理解は出来る。

 だから、階段付近にゆきの部屋を設け、そのまま夫婦?で使用したのだ。

 「春には清に戻ります。」

 意を決して打ち明けたスウトウに、

 「そうですか」と、受け止めたゆき。

 「あの……付いて来て、くれ……」

 「お返事をする前に、1つお願いがあります。」

 「?」

 「大使様にお願いして、少しだけお休みをいただいて、私の里に行きませんか?」

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