第95話 おぼっちゃんと爺

 さて、一方宗近は?

 こちらは相変わらずのおぼっちゃんぶりだ。

 したことと結果がリンクする分野の、その確実な成果に気付けない。

 まあ、年齢がいっても男は男。

 受け取る側が言わない限り、実際婚姻関係でない以上、分からないのも仕方がないのかもしれない。

 彼は恋人の懐妊に気付けない。

 ただ時折、この頃では関係が改善したと思っていた、清国大使一行の少女から、

 「……」

 本気で身の危険を感じるレベルの視線を感じる。

 供の中野を連れて大使館に来た宗近は、何度も首をひねるのだ。

 さすがに憐れに思ったのか、それとも作戦だったのか、

 「おーい‼宗近ぁ‼ちょっと教えてくれよぉ‼」と、もう1人の年少組、ジュンケンから声がかかる。

 「はい。なんですか?」

 「あ、いや……」

 元々がでっち上げで、何か用事があるわけではない。

 「あの、ほら?前に連れてってもらった娼館、あれ、どうなったんだ?幕府もなくなっちゃって。」

 苦し紛れとはいえ、何を質問しているやら?

 「ああ、あそこなら今も営業中ですよ。」

 「そうなのか?幕府、関係ないのか?」

 「まあ、商業にはあまり関係ありませんしね。」

 話しながら1階の広間に入る主人に、付いていこうとした中野を、スイリョウが物陰から手招いた。

 

 彼女は後ろ盾が欲しかった。

 異国で、たった1人で子供を育てようと決めたものの、日本も社会情勢が書き換わるステージで、貯めた金子も役に立つかは微妙なところだ。

 ならばと後ろ盾を探した時、これまであまり外に出ずなりをひそめていたのが仇となる。

 適当な人物が見当たらなかった。

 ならば、宗近の最側近を『共犯』にするしかない。

 「と、言うわけで、ここにお宅の殿様の子供がいます。」

 サラリと言い切られ、中野は絶句するしかない。

 『嘘だ‼』

 『馬鹿な?』と喚くことに意味は無く、ましてやまだ1年に満たない付き合いとはいえ、この異国のお嬢様が嘘をつくタイプにも思えない。

 そして自分が仕えているお方は、そういうことをするタイプである。

 と、なると気になったのは?

 「で、大丈夫なんですか?」

 「は?」

 「いや、お嬢様はいつもお酒をがぶ飲みしていらしたので。」

 意外にも、体調と、子供への影響の心配だった。

 スイリョウは少し笑う。

 「今のところ大丈夫だよ。酒も気が付いてから飲んでないし。」

 「なるほど。」

 スイリョウの要求は1つだけ。

 宗近に認めさせる気も、教える気さえない。

 ただこのまま日本で子を産むつもりだから、内緒で後ろ盾になって欲しい。

 社会情勢が不安定過ぎて、

 『絶対に1人なんとかしてやる‼』とは、言い切れないゆえの妥協策だ。

 話をされて一瞬だけ天を仰いだ中野の胸中に、いったい何がよぎったのか、確かめる術はない。

 ただ、

 「わかりました」と、頷いたのだ。

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