第7章 竜、霧中を泳ぐ

第94話 兵どもが夢の跡

 もう時間が無かったのだ。

 新選組、沖田総士。

 青年の体は結核菌に蝕まれ、嫌な咳が続き血痰が出た。

 喉の奥が切れたのか、真っ赤な血を吐くこともある。


 「思えば遠き夢、か。」

 幼馴染達と、武士になりたいと剣の稽古を積み、無類の強さを誇った。

 京の治安を守る組織、『新選組』を作り成長させ、ついには幕臣と認められた。

 しかし今、幕府はその権限を天皇に返し、歴史上多くの幕府が経験した、『滅び』の道を辿っている。

 やがて、新しい組織が生まれこの国を動かしていくのだろう。

 旧幕府派は正式な公示があった時点で、新政府に敵対する。

 おそらく戦争になるだろう。

 そして愚直にも『新選組』は、幕臣として旧幕府側に付く。

 あとは蹂躙だ。

 名乗りあい、正々堂々と戦った武士は昔の夢だ。

 鉄砲で蹂躙され、大砲で蹂躙される。

 多勢に無勢でなぶり殺しだろう。

 ただ沖田にとって最もつらい事実は、彼がその戦闘に参加できないことだ。

 昔ほど体が動かない。

 病魔に苦しめられる彼は、咳き込んで1日動けないことさえあった。

 死がそこまで迫っている……

 こんな状態で同道を迫っても、土方初め隊士達もいい顔はすまい。

 『それでも‼』と言えば連れて行ってくれるだろうが、何の役にも立たないお荷物ならば、自ら辞退すべきだと、彼は思った。

 世界が終わる。

 大好きだった人々も逝く。

 消えゆく自分に何が出来る?


 沖田の病状は日によって変わる。

 調子のいい日や、調子のいい時間があったから、可能な限り町に出た。

 あの日……

 未熟な若者の太刀だったが、迫りくる刀をものともせず戦い抜いた少年を探して。

 敬愛する先輩、土方寿三の興味を引いた少年を探して。

 

 雲を掴むような話でなかなか出会えない。

 時間がない。

 新政府と旧幕府軍とで戦闘になれば、おそらく江戸にもいられないし、余計なことをしている暇は無くなる。

 彼を見つけ、土方と戦わせたい。

 1対1の戦いだ。

 自分たちが憧れた、正しい武士の殺し合いだ。

 戦争が始まれば武士ですらいられなくなる先輩の為、彼は『贄』を探している。

 巻き込まれる側から見ればあまりに身勝手、どうしようもない愚行だとわかりながら……

 探し続けた。

 「ジュンケン‼ここにジュンケンはいますか‼」

 その夜は幸いにも体調がよく、沖田は切羽詰まった少女の声を聴く。

 何の建物だろうか?

 敷地に入り込もうとする彼女を、警備なのか?武士が押し止めていた。

 興味を惹かれて覗き見た。

 そこに……

 「悪い‼知り合いだ‼」と飛び出してきた少年を、沖田は決して忘れない。

 あの日……

 町で偶然出会った、驚くほどに強かった、あの少年だったから。


 

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