第91話 激動、激流

 大使館の場所は、出会ってすぐに確認していた。

 さくは年が明ければ18歳だが、満年齢ならこの冬17になったばかり。

 誕生日が来て……それも捨て子と非合法路地裏育ちゆえに確実ではないのだが、15になっているジュンケンとゲツレイと、2歳しか違わない。

 いくら平均寿命の短さからか、大人になるのが早い、結婚も早いこの世界とはいえ、彼女は心細かった。

 兄が死に、父が臥せり、頼る者のない毎日が。

 だから、今まで1度も来なかったのは、彼女の自制心に他ならない。

 「さく‼️」

 玄関を出たジュンケンは、敷地内に入ろうとして、侍に止められるさくを見て、

 「悪い‼️知り合いだ‼️」と叫ぶ。

 侍は慌ててその場を離れた。

 武士の悪癖、刀を抜いていなくてホッとした。

 今国際問題を恐れ、大使館を勝手に警備しているのは、幕府が大政奉還した以上、後の明治政府に繋がる一派だったが、彼等も実は、先日江戸城内で起きた小競り合いの顛末を聞いている。

 居合わせた、清国大使館の子供達により制圧された。

 今は幕末……と言うより滅んだ後で、長く太平の世が続いた後。

 実践経験を持たない彼らは、出来ればそんな手練れと戦いたくない。

 飛び出して来たのは、正に噂の子の1人だった。

 短気を起こさず、本当に良かった。

 「ジュンケン‼️ジュンケン‼️」と繰り返し、さくはパニック状態だった。

 「どうした?こんなに遅く?」

 「ジュンケン‼️父さんが‼️」

 「おっちゃんが⁉️」

 肺を患っている、父親の様子がおかしいらしい。

 荒い息なのに、細く、浅くなりだしている。

 逝ってしまうと怖かったのだ。

 「わかった‼️俺も行くから‼️」

 駆け出そうとする後ろから、

 「待て‼️ジュンケン‼️」と、声が掛かる。

 振り向けば、外套を着たゲツレイが立っている。

 「私も行こう。」

 「?

 お前、わかってんの?」

 「わかっているよ。肺だろう?」

 少女は口元を覆うため、用意した手拭いを振って見せる。

 「医者じゃないし治せないが……

 対処療法ぐらいなら出来るかもしれない。」

 「え?」

 「私が育った場所でも、同じ病気でし……同じ病気にかかった者はいたからな。」

 ゲツレイはこう言う時強い。

 育ちの悲惨さと、それゆえの経験値過多のせいなのだが、元来自身の手の届く範囲……好きな者しか守らない彼女が、さくを守るつもりらしい。

 非常に珍しいお節介は、弟への思い入れからだった。

 「悪い‼️頼む‼️」

 ジュンケンもそれを受け入れた。

 「ああ。」

 「行くよ‼️さく‼️」

 「うん‼️」

 3人、夜の町に駆け出して行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る