第90話 止まらぬ変化

 スイリョウからの衝撃の告白の後、ジュンケンは自室で1人考えていた。

 『何やってんだよ、宗近』と、思う。

 少年には経験はないが知識はある。

 原因は『僧堂育ち』の一言に尽きる。

 年齢も性格も違うごった煮暮らし、余計な知識は早いうちに仕込まれるものだ。

 「……」

 それを想像した時、さくの事を思い出す。

 さくとそうなれればいいと、思う。

 頭の中では何回も抱いた。

 少年とは青年の成りかかりで、子供とは大人の前段階だ。

 彼はそういうステージにいる。

 そして、今『男』になりかかっている頭で思う。

 スイリョウは宗近を巻き込まない気らしいし、あくまで本人たちの問題で他人がとやかく言うことではないが……

 子供を作る行為をして、その責任から除外されるどころか教えても貰えない事実は……

 喜べるなら相当の馬鹿で、人間の屑だ。

 面白いことは全てやる、やれることは全てやる馬鹿だが、宗近が少し憐れである。

 ジュンケン自身は親は知らない。

 僧堂前に、真冬に捨てられていた。

 それでも‼

 それほど腹立たしいとは思わなかった。国の状態を知れば知るほど、育てられなかった、それでも生きて欲しかった意思がはっきり伝わる。

 彼の知らないジュンケンの母は、ありったけの布で防寒し、それでも拾ってくれる可能性の高い、僧堂に捨てた。

 今の彼を生かしているのは、ひとえに母の判断だ。

 宗近も俺の母親と同じように、子供を思う資格はあるはずなんだけど……

 ぼんやり考えこんでいた耳に、聞きなれた声が響いた。

 外は真っ暗、もう夜だ。

 「ジュンケン‼ここにジュンケンはいますか?」

 

 変化は、止まらない……


 同じく自室で、これからを考えているゲツレイがいた。

 大好きな姉が、父のいない子供を産み、生まれた国ではない、日本で育てると言っている。

 『なんで?』が止まらない。

 いや、なんでも何も、したことと結果が伴う事実であるが、そうなると宗近を許せない。

 ゲツレイも、身もふたもない世界で育っているだけ、本人もそう言う目で見られ続けてきただけに、何をしてそうなったか理解している。

 上海の裏路地では、春をひさぐ女が望まない妊娠をして、雇い主に殴られるなどという事はざらにある。

 しかも出血が止まらなくなり、そのまま亡くなった人まで見ている。

 姉の結婚時代の話を聞いてゾッとした。

 どうしたらいい?どうしたら?

 いっそ清に戻る理由のない、自分も残ろうかと思ったが……

 それを望むスイリョウではなかった。

 考え込んでいると、玄関付近で女の声が上がる。

 「ジュンケン‼」

 窓から覗くと、あの日江戸の町で侍と揉めていた、見たことがある女性の姿が見えた。

 「さくさん?」

 ジュンケンの想い人だ。

 幕府は解体したが、一応大使館の警護は続いていたらしい。

 侍が、大使館に入ろうとする彼女を押しとどめていた。

 少女は外套を掴むと、そのまま階段を駆け下りて行く。

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