第89話 きょうだいだから
「多分、春になったら国に帰ることになるよ。」
突然のスイリョウの言葉に動揺が走る。
「え?2年じゃなかったのか?」
「目安だよ、少年。1年から2年。日本にも大きな政変が起こったし、1度大使館メンバーを戻して、出直そうとするのは考えるのは当然だよ。」
急に個人の話ではなく、全体の話になった。
自分自身の足元も揺らぎ、ジュンケンは動揺が隠せない。
彼は、この国にある『差』を何とかしたいと思った。
小さくは『さくを救いたい』。
大きくは『制度そのものを何とかしたい』。
その全てが中途半端になる予感にざわついたが、むしろ当たり前に帰ると思った、自分自身の甘さに気付く。
「で、あたしはこっちに残るから。」
姉の宣言に、色めき立つのは妹。
「えっ‼嘘でしょ、姉さん‼」
「嘘じゃないよぉ。」
彼女は努めて明るく言うが、実際『帰らない』決意が可能なのは、むしろ少年少女の方である。
国にバックボーンが何もない2人。
ジュンケンに親はなく、拾って親切に育ててくれたとはいえ僧堂は僧堂だ。そう言う施設であり、集団。一応1人1人に感謝はしているものの、『裏切れない』、『別れ難い』など、特別な感情を呼び起こすものでもない。
なのに、当然国には帰ると思った。
ゲツレイも、彼女の肉体を構成するDNAの元となった、両親はすでにない。父親は彼女自身が殺している。その父親がよりどころとしていた非合法組織(マフィア)もおそらくは壊滅したか、抜け目ない誰かに奪われている。
帰る場所などない。
それでも、国に帰ると思ってしまった。
なのに、帰る場所のあるはずのスイリョウが、帰らないと言う。
「あたしは清だと生き辛いんだよ。どこまでもいいところのお嬢さんで、しかも出戻りの傷物扱い。これで子供連れて帰れば、ただひたすら面倒な未来が待っているから。」
上流階級ゆえに、誰も表立っては言わないだろう。
裏では陰口くらい言うかもしれない。
けれど表面上は気を使って、腫れ物に触るようにされる日々は……
「無理だ」と、呟くように言った。
「だからあたしはこっちに残る‼一応金子は貯めているけど、幕府が倒れた以上それも当てにはできないけど‼それでも、生まれてくる子供と2人で何とかやっていこうと思うから‼
2人は安定期を迎えるまでのフォローと、あとは、ごめん、家出の手伝いをお願い。」
両手を合わせるスイリョウに、
「うっ……ひっく……」と、すでに泣き始めてしまったのはゲツレイ。
「馬鹿だな、まだ先だよ」と宥めながら、
「ごめんね。共犯にして」と、ボロッと呟く。
「ううん、いい。」
泣きながらゲツレイが、
「きょう……だい……だから」と、言った。
ジュンケンは茫然とただ、聞いていた。
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