第85話 変わりゆく日々

 昼過ぎにさくの家を辞したジュンケンは、そのままいつもの蕎麦屋に駆け込む。

 育ち盛りの少年にとって、一応『昼ごはん』として持たされた握り飯は、間食の扱いだ。

 今からが本番。

 店主に、

 「おっちゃん、いつものね」と声をかけると、

 「まったく小僧は皆勤賞だな」と、天ぷら蕎麦大盛が出てくる。

 あの日騒動を収めて以来、サービスで海老天が2本プラスされる。

 ありがたく頂戴する。

 「うまい‼やっぱここの蕎麦最高だね‼」

 本当に素直な男で、真っ直ぐな謝辞は嘘ではない。

 何せ大食い。

 近隣のいろいろな店舗を食べつくしての評価である。

 『盛り』ではなく『掛け』なのに、蕎麦の香りが1番する。かき揚げもボリューミーだ。

 がっついていると、

 「あ、やっぱりここか」と、ゲツレイが店に入ってきた。

 「お‼珍しいじゃないか、ゲツレイ‼おごるぞ‼大盛り蕎麦、食うか?」

 「ちょっ‼ちょっと待て、君‼私は昼は食べたから‼」

 飼い主に会った犬じゃないのだし、やたらテンションの高いジュンケンを持て余す。

 基本出掛ければ夕飯まで戻らないジュンケンと違い、人に拘るゲツレイは必ず昼は大使館に戻った。

 そこでスイリョウとゆきと昼を食べ、かんざしを渡し喜んで貰い、改めて外出してきたのだ。

 「止めとけ、小僧。」

 「痛ぇ。」

 「まったく、お前は……」

 店主のげんこつがさく裂し、やっとおとなしくなる少年。

 「寒かったろ、嬢ちゃん。蕎麦湯だけでも飲むかい?」

 「あ、ありがとうございます。」

 「ほら。」

 ジュンケンの隣に座り、湯呑を持つ姿にやっと気付く。

 「ゲツレイ。お前、暖かそうな格好だな。」

 「気付いたか。」

 少女は厚手の満州服に外套まで着ている。

 室内だから手に持っていたが、冬用の帽子もあった。

 「ほら、君の分も預かってきた。」

 少女は同じく抱えていた外套を差し出す。

 「え?俺の?」

 「ああ、姉さんとゆきさんで作った。見てて寒いから着ろって。」

 「へえ‼」

 受け取ったジュンケンは、すでに食べ終わっていたらしい、すぐに立ち上がり外套を着る。

 白や生成りの多い、ジュンケンの服より少し濃いめの、膝くらいまである灰色の外套。

 意外と似合う上に、

 「ん?君また大きくなったか?」

 ズボンのすそが足りなくなって、くるぶしまで見えている。

 本当に日増しに大きくなっていき、遅れていた声変わりもいっぺんに訪れたのだろう、時々声が掠れている。

 「え?そうかぁ?」と、本人は無自覚なのだが。

 少年は青年へと舵を切る。

 ならば、これも必要だろう。

 「あと、これもやる。」

 ゲツレイが出したのは、露店で追加で買ったかんざしだ。

 ジュンケンが妙な顔をした。

 「は?俺がつけるの?」

 「馬鹿か、君は。」

 「?」

 「君の大事な人にやれ。」

 「‼」

 「子供っぽい君のことだ。どうせ上手に表現出来ていないんだろう?」

 スラリと、そして情け容赦なく本質を突かれ、目を見開いたジュンケンの顔が徐々に徐々に赤くなる。

 最終的に頭を抱えた

 「……いつ気付いた?」

 「最初からだ。」

 「うわ、マジかよ……」

 さくを見ると、むしろ子供っぽくなる。

 なかなか『男』にはなれない、『男の子』のままの自分を持て余し、しかしどうするべきか分からないジュンケンは、

 「くそう……」

 「……」

 「お前はいないのかよ、いい人?」

 「いないな、まだ。」

 「くそう……」

 小さな『姉』に完敗した。

 「ああ、そう言えば‼」

 「?」

 「もう1つ伝えたいことがあったのだ。」

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