第83話 小さな家の小さな勇者
「さーく‼来たぞぉ‼」
『いやいや、小学生かよ‼』という突っ込みは、現代人にしか出来ない。
元気いっぱいないつもの声に、さくが渋々扉を開ける。
壊れかけのあばら家で、盗られるものもないから基本鍵は掛かっていない。
勝手に入ってくれていいのに、少年はこういう部分はきっちりしていた。
数か月前から家を訪ねてくるようになった異国の少年は、毎日必ずやってきた。
今は冬で畑作業は少ない。
そう伝えると、
「ああ‼じゃあ、俺、家を直すよ‼」
「え?」
「あっちこっち傷んでるだろ?任せろ‼俺、こういうのも得意だ‼」
有無を言わせぬ切り返しで、ジュンケンのお家詣では続く。
来させたら悪い。迷惑をかけるわけにはいかない。
町で偶然出会っただけの他人に、そこまで甘えられないと思いつつも、兄も死に、父も臥せっているこの世界、どこか安心している自分もいるのだ。
今日も来てくれた。
声にも顔にも出さないが、さくは少しホッとした。
ジュンケンはどこかからか拾ってきて……
買っていけば気にさせるからだが、あばら家の隙間部分を板で塞いだ。
頼りない、シロアリにやられた柱は補強し、おかげでこの冬は隙間風に悩まされることはなくなった。
しかし本人は、
「ねえ、ジュンケン。」
「ん?」
「寒くないの、それで?」
薄手の上着とズボンのみ。
来始めたころから同じ格好で、それでも汚れてはいないし似たような服をたくさん持っているのだろうが、厚着しない。
「別に。俺、寒さに強いから」と、あっけらかんと言っていたが、さくだって綿が寄って頼りないが綿入れを着ていたし、見ているほうが寒かった。
「なあなあ。それよりさ、さく。そろそろ飯にしようぜ。今日も持ってきた‼」
にかっと笑う子供っぽい笑顔で、少年が風呂敷を差し出した。
彼は毎日毎日、10から12の白米の握り飯を持って現れる。
対価は、さくの家の味噌汁だ。
「でも、いいの?味噌汁だけで。」
「いい、いい。お前んちの味噌、旨い‼」
さくの家の味噌は手作り、米が手に入り辛いからこその麦味噌で、それが少年の好みに合ったらしい。
麦味噌は……米味噌に比べるとさっぱりした味わいで、香りが立つ。
中身は基本野菜屑だが、
「旨いから十分だ」と、少年は笑った。
逆に彼が持って来る握り飯は、余りものを適当に入れたと言うだけあって、何が出るかわからない。
沢庵や野沢菜などの漬物類もあれば、
「うわっ‼なにこれ?辛い‼」
「はは。それは昨日のカンシャオシャーレン(エビチリ)だな。俺の国の味付け。」
「舌、痛っ。」
「ははは。」
たまに驚くような物もある。
一度だし巻き卵が入っていたことがあり、
『驚くほどに美味しかった』と、さくは思い出した。
「おい、坊主か?」
寒いので、家の一番奥に寝かせている父親がジュンケンを呼んだ。
「おう‼おやっさん、来てるぞ‼」
慣れたもので、少年も以前さくがやったように手拭いで鼻と口を覆い、チョコチョコ枕元に行く。
「後で、さくにおかゆ作ってもらえよ。あ、カンシャオシャーレンは避けて貰ってな。」
今日は握り飯が4つ余った。
助けてもらっている自覚はあるが、それをあまり嫌味に感じさせないのがこの少年のいいところだった。
さくの不安は別のところにある。
最近父は、ジュンケンを認識している。
寝込んでしまい、弱ってしまい、兄の生死をわかっていない筈だったが……
いつも来る少年を『少年』と認識している父は、もしや兄の死にも気付き出したのかもしれない。
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