第81話 幕府の最後

 一瞬で6人を制圧した少年少女に、さすがの敬喜も驚きを隠せない。

 暴漢はみな男であり、体も大きい。

 少年は……初めて会った日から随分大きくなったようだが、まだ少年の域を出ないし、少女に至っては子供としても小さい。

 その2人のあまりの強さに驚いていると、

 「うちの自慢の子達ですから」と、大使が笑う。

 「用心棒なのか?」

 「いえ、2人共密航者で、わかって雇ったわけではありませんよ。」

 「密航者?」

 「ええ。自分達でもいい暮らしじゃなかったと言っていましたが、いろいろあって外に出ることを望んだ子です。完全な拾いものですよ。」

 「……そう、なのか?」

 「ええ。でも、強過ぎる子達ですから、あんまり戦わせたくはないですけどね。」

 そう言いながら、大使は2人のそばに歩み寄り、優しく頭を撫でている。

 少年少女も満更ではなさそうで……

 完全に息子と娘なんだと理解した。

 「怪我はないか、2人共。」

 「大丈夫だよ、これくらい。」

 「うん、この程度なら平気。」

 男6人がへたり込んでいる殺伐とした世界で、平然と続く日常会話。

 急に少年が、敬喜を振り返る。

 「で、こいつらどうする、将軍?」

 瞬間、試されていると思った。

 敬喜の背筋がピンと伸びる。

 彼らが自分を竜だと言った。

 ならば、竜の生きざまを示さねばならない。


 「君達はどういった集まりだい?」

 質問されて、しかし男たちは顔を見合わせるばかりだ。

 彼ら自身も今日集められたばかりだ。互いの名も知らない。

 説明、しようがない。

 「俺達は金で雇われた。」

 仕方がなくて、鉄次郎が代表となった。

 「俺もそうだが、事情は知らんが仲間達も金に困っていたんだろう。金を渡され、身支度を整えられ、江戸城を、将軍を襲うように言われた。」

 言われてみれば、決して高級なものではないが、彼らの服装は同じような羽織袴で統一され、いかにも何か裏がありそうに見える。

 そういう輩を演出されている。

 「君たちの雇い主はわかるかい?」

 「岩……なんとかだった。それ以上はわからない。」

 「そうか。」

 思い当たるのは岩倉具見(イワクラトモミ)。

 公武合体の調整役をしていたがあおりを食って政治から離れ、おそらく幕府を憎んでいる。

 武士ではない、公家の出身。

 執念深いところがある。

 敬喜は平和に大政奉還をして、そして成功した形であるが……

 この先新しい世の中を作るにあたり、1番邪魔な存在でもある。

 旧幕臣が反乱を起こすなら担ぎ上げられ、新しい世の中に不満があれば担ぎ上げられ、常に体制に歯向かうものの御旗となる。

 正式に討伐命令は出せない。

 なら秘密裏に殺してしまえと画策したのだろう。

 もし成功すれば、

 『自ら進んで権利を手放し、世のためを思った前の将軍を殺害するとは‼』と叫び、男達を討てばいい。

 どうせ裏も何もない、捨て駒なのだから。

 「むごいことをするなぁ」と、大使が呟く。

 彼は有能な外交官だと、改めて思う。

 この国で起こっている騒動の裏を掴み、自国に有利なように取り図ろうとする。

 その過程で岩倉の事も知っているのだろう。

 ならば、

 「毒を食らわば皿までか。」

 呟いて、敬喜は決意する。

 「お前達、しばらくの間私の護衛として雇われないか?」

 「‼」 

 意外過ぎる結論に、声にならないどよめきが走る。

 人を襲って護衛になれるなんて、甘い話はそうそうない。

 信じ難くて当然なのだ。

 「いや、そんなにいい条件じゃないぞ」と、敬喜。

 「君達には公に護衛として、私の前に立ってもらう。本気で暴漢や鉄砲の弾が飛んでくれば、君らを盾にすることになる。命を懸けてもらうから、給料はちゃんと払おう。そして君らの存在をアピール出来れば……

 岩倉に、お前のたくらみは掴んでいるぞというメッセージにもなる。」

 「いやでも、彼は俺らのことなんか、覚えちゃいないんじゃ……」

 初めて鉄次郎以外が喋った。

 大柄な、ゲツレイに喉を突かれた男だった。

 「いや、大丈夫だ」と、敬喜。

 「岩倉は大胆なようで、肝っ玉の小さい男だ。神経質で怖がり。だからこそ、道を行くうえで邪魔になる可能性の高い、私を排除しようとした。」

 「あいつは絶対に覚えているよ」と笑う敬喜に、男たちは顔を見合わせ、

 「お願いします。」

 「もう俺たちに帰れる場所はない。」

 「それでも家族を支えたい」と、頭を下げた。


 徳川敬喜に、白き竜に護衛がいたとか、いないとか。

 全てが歴史の狭間である。

 ここから少しして、秋が過ぎ去り冬になって、王政復興の大号令がかかる。

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