第79話 寄せ集めの大志

 敬喜により大政奉還がなされた時、人々はそれぞれの反応をした。

 幕府が無くなったイコール、新しい幕府が出来るだろうと思った者は、仕官しようと改めて剣の稽古をし、狂信的な幕府派には腹を召した者もいた。

 チャンスととらえた者も、終わりととらえた者もいて、精神も生活も足元から揺らぐ中、鉄次郎は前向きにとらえた。

 幕府が退き、どんな形になるか、新しい世の中になるだろう。

 しがない町道場の師範の息子。

 父は金のために士分を売ってしまったから、鉄次郎はただの町人でしかない。

 母は若くして亡くなった。

 長男の鉄太郎は青年期の怪我が元で、ほぼ動けないで寝込んでいる。

 他流派との試合で勝って、結果逆恨みされ闇討ちに会い、背骨をひどく痛めたのだ。

 嫌になる……

 だから次男の鉄次郎は、逆に道場主の息子という立場を利用、勝ちたい奴には勝たせてやった。

 八百長は金になる。

 貧乏暮しは脱却したが、代わりにここぞという場面でコロコロ負ける、『ヘタレの鉄次郎』と呼ばれ始めた。

 なんとでも言え‼

 自分達は生きなければならない。

 父は剣を修めることに夢中で、いまだに修行中で金銭に頓着しない。

 兄は動けない。

 だから胸の痛みを胡麻化しながら、鉄次郎はただ負け続け……

 次の世界ではもっと上手に生きれるだろうか?

 微かな希望を抱きながら、鉄次郎は久し振りの真剣を手にする。

 「ふん‼」

 振ってみると、意外に軽い。

 きれいな太刀筋でピタッと止める。

 残心も残せた。

 腕はまださび付いてはいない。

 大体普段使いの木刀だって、当たり方によっては大怪我をする。

 兄がよい例だ。

 大怪我をしないように、わざとらしく無く負けることに、実な相当の技量がいる。

 真剣で素振りを10回やった。

 ただの10回と侮るなかれ。

 真面目な鍛錬に汗が滲み、鉄次郎は剣を鞘にしまった。

 途端、ドンドンと扉を叩く音がする。

 「誰かいるか‼」

 言い方が偉そうで、嫌な予感しかしない。

 それでもドンドンが30回以上続いたので、

 「すまぬ。待たせた」と、閂を外す。

 果たしてそこにいたのは、

 「親父殿‼」

 土の上にぼろ雑巾のように転がる父親と、いい着物を着た身分の高さそうな男だった。

 「この男が、うちの護衛に絡んできて返り討ちにあったぞ」と、男は笑った。

 「ボロボロに甚振られながら、全身血まみれで尚こいつが言うのだ。うちの次男の方が強い、と。家のために八百長みたいな真似までさせているが、あいつに適う奴などいない、と。」

 訪問者はすでに刀を抜いており、その切っ先が父親の喉に迫っていた。

 「そんなに強いのなら、我々に協力しろ。十分な報酬を払おうぞ。」

 「何?」

 「奥には動けない兄もいるらしいな。」

 「うぐっ。」

 「金が欲しかろう?」

 父親を人質に取られ、すでに選択肢など残らなかった。

 男は確かに、十分な金子をくれた。

 それだけが救いだった。

 町医者を呼び父の手当てをした。

 父はあれから眠っている。

 動けない兄に別れの言葉はいらぬ世話だ。

 父の横たわる布団の下に金子を隠した。

 己がいなくなって尚、家族が生きていけるように。

 久しぶりに帯刀し、鉄次郎は指定された場所に向かう。

 「お前、名は?」

 「鉄次郎。」

 「?姓は?」

 「親父が金のために身分を売った。かつては小野田と言った。」

 「そうか。小野田鉄次郎か。」

 集められた男は鉄次郎1人では無かった。

 鉄次郎含め、そこには6人の男がいる。

 皆それなりに腕に覚えがあり、皆金に困っていた。

 そこで決して新品ではないが、見栄えの良い服を貰う。

 あまりに鈍らで、刀を取り換えられたものもいた。

 鉄次郎の刀は……

 幸いにもチェックを通り抜ける。

 一応は家宝、先祖伝来の刀なのだ。

 ホッとする。

 体裁を整えた彼らが向かわされたのが……


 まさか江戸城とは思わなかった。

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