第6章 白き竜と、黒き竜

第77話 大政を奉還した後の世界

 「あーっ、やっと解放された‼」

 無事大政奉還を果たし、将軍ではなくなった……厳密には王政復古の大号令までは将軍だが、徳川敬喜は江戸城の誰もいない謁見の間で、大きく大きく伸びをする。

 さすがに羽織袴の正装だが、そのままごろりと寝転がる。

 広く開放的な場で、将軍である以上こういうことも出来なかった。

 敬喜は傍流も傍流、まさか自分が将軍になるとは思わなかった出自である。

 滅びゆく幕府の後始末を押し付けられたと思っている。

 戦って滅ぼされ、そして1番の戦争犯罪人として首をさらされる、そういう役目だ。

 正直あり得ないと思っていた。

 側近達は勝手なことを口々に言う。

 「公武合体です‼天皇家から嫁を‼」

 和宮様を未亡人にしたのに?

 「攘夷です‼外国人に負けてはなりません‼」

 勝てないだけの力の差を、全く気付いていないのだ。

 最終的には、

 「根性で‼」

 「武士道です‼」となる、こいつらが1番ロクでもない。

 理想で人は守れない。気合で物事は変わらない。

 どうすればこの国が守れるか、大きな事ばかり考えれば手詰まりだが、敬喜は単純に今周囲にいる人々を巻き込みたくないと考えていた。

 自分の面倒を見るために配置された小姓達、女中達、大奥にいる女達。

 彼らを救うためには、戦うという選択肢はあり得ない。

 ならば、こちらから力不足を認め、この国を治める権利を朝廷に返す。

 幕府とはもともと、朝廷に認められその代わりに政務を行う機関だ。

 『もう終わりです、無理です』と返してしまえば、日本人の気性ゆえ、見せしめのような強硬手段は取りにくい。

 なにせ、こちらは白旗を挙げたのだから。

 大っぴらに攻められなければ、城で働く罪なき人々を返してやれる。

 大体が急転直下の大政奉還に怒り、主戦派の家来達は城を出た。

 非常に清々しいと思える。

 「ああ、疲れたな。」

 寝そべりながら天井を見上げる敬喜。

 高い屋根。

 もしここに、ジュンケンかゲツレイがいれば、おそらく満足そうに頷く白き竜が見えるだろう。

 竜はまだ、自分がなした偉業に気付かない。

 今ただの徳川敬喜に戻ってみれば、あれほど毎日面会を求めた、この国の人々も外国の人々も、すっかり誰も来ないではないか。

 皆『将軍』という役職に惹かれたのみだ。

 ならば、ただの1人の日本人として、自分に何ができるだろうか?

 つらつらと考えるうちに眠くなる。

 緊張から解放された彼がウトウトとしかけた時、

 「将軍さ……徳川敬喜様」と、襖の向こうから小姓の声。

 名前呼びに変えているのが少し楽しかった。

 「なんだ。」

 「お客様です。」

 「客?」

 将軍でない自分に、

 『一体どんな物好きが?』と、思った。

 「誰だ?」

 「清国大使館の方達です。」

 将軍としての最後の謁見で、キレイな少女を自慢していた、あのオウ大使が来たらしい。




注)本当の大政奉還は、さすがに将軍の独断ではありませんし、徳川慶喜は最後の1年間だけの将軍で、江戸城にすら入っていません。まあ、嘘歴史なんでご勘弁を。


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