第75話 いざ、江戸城

 江戸城では、おおむね予想通りの展開となった。

 待ち合わせでもしていたのだろう。

 城に入る前に事前に落ち合った宗近が、ゲツレイを見て驚き、直後しばし天を仰ぐ。

 「……」

 思いついたら即行動の気ままなお坊ちゃまが、随分清国サイドに寄り添った反応をするようになった。

 ただ引きずっても仕方がないとすぐにテンションを戻し、城内へと進む。

 門のところで、

 「清国大使ご一行でござるか。……おや?普段より1名多いようだが?」

 門番をしていた侍の1人に止められる。

 「いやぁ、やっと国から女が来まして。」

 言うたびに、自ら切り裂かれる思いだ。

 引きつりながらの大使の演技に、侍はゲツレイを見て、固まる。

 『目が離せなくなる』という言葉を完全に体現した形で、無遠慮に数秒見つめ……慌てて逸らす。

 それだけで通れてしまった。

 そのまま城内を進むものの、ゲツレイはあちこちから視線を感じる。

 上海の裏路地でも同じだったが、今回は敢えて外見を武器として使っている以上、注目は当然だ。

 鈍い大使や、通訳として同行中のスウトウでも分かるくらいで、彼らはだいぶ冷や冷やしたが、決してタガが外れるわけにはいかない、江戸城内部でのこと。

 むしろ安全であると、ゲツレイは気にもしなかった。

 謁見の間に着くと、宗近がパッと袴を払って座り、平伏の態勢をとる。

 大使とスウトウも片膝を立てて座り、頭を下げた。

 ゲツレイは……

 女の子が立膝はおかしいかと、正座をして頭を下げる。

 ちなみに。

 普段から宗近に付き従う、中野はこの場に入れない。身分や立場の問題だが、それだけ『正式な場』に入り込んでいるのだ。

 やがて足音と共に、

 「将軍様のおなーりー」と声がかかる。

 「おうおう。清国のご一行か。」

 多分これが将軍だろう。

 存外若い声がした。

 「面を上げよ」と声が掛かり、ゲツレイは言葉が分からないことになっている。

 大使が、宗近が、スウトウが顔を上げたのを横目で確認、少し遅れて顔を上げた。

 彼女の前にいたのは、1段高い舞台のような場所に座る、15代将軍、徳川敬喜その人だ。

 年の頃は……

 宗近と変わらないように見える。30代前半。

 初回の謁見で『投げやり』な印象を清国側に残した彼だが、今は全くその気配はない。

 穏やかで落ち着いた姿。背筋がピンと張り、理知的な目をしている。

 「して、今回は何用じゃ?」と聞く彼に、

 「いや、その……」と、大使が出まかせで答えている。

 用なんてない。

 様子を見に来た、それだけだから。

 けれどその時ゲツレイは、少女だけに見える世界に呆気にとられていた。

 何故だろう?ジュンケンの代わりということを意識しすぎたのか?

 少女に『映像』を見る能力はない。

 いや、なかったはずなのに‼

 少女の前には『竜』がいる。

 ゲツレイの前、敬喜の後ろに、巨大な竜が‼

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