第74話 月の女神

 ゲツレイは、己の価値に気付いていない、わけではなかった。

 燃えるような赤い髪、宝石のような緑の瞳。

 およそ東洋人とはかけ離れた特徴以上に、異常に整った顔立ちが……

 それがために、幼い頃から命と貞操の危機に合い続けてきたのである。

 男達が自分の何に惹かれるのか、よく理解している。

 だから、少女が男装し性別を隠す方向でいたのは、『女』であることを武器としなかったのは、ひとえに彼女の幼さゆえだ。

 子供時代を奪われた命懸けの生活は、変に落ち着き払った幼児を作った。

 普通に嫌悪感があったのだ。

 しかし今、気に入っている、大切に思う誰かのためにその武器を使うのは、やぶさかではない。

 

 「あの……元がいいから、軽く紅を引いただけで、大変なことに……」

 自分が化粧しておいて、珍しくおたおたするゆきと、

 「……」

 あまりの姿に声も出せない清国一行。

 そこにいたのは完璧な『女』だった。

 江戸に来てすぐ、スイリョウが戯れに作った赤い礼服を着こなし、小さ過ぎる背丈が今だけは大きく見える。

 微かに色香さえ漂うその姿で、

 「これで連れて歩きたい、自慢したい女になった」と、少女は感情のこもらない、平坦な言い方をした。

 「私は、全く日本語が分からないことにしておく。大使は『国から愛娼が来た』とでも言っておけ。」

 ……

 こう言うことを、言ってしまうことこそ『幼い』のである。

 大人達の心を、深く切り刻んでいると知らず……

 「‼️」

 「あ……」

 スウトウとゆきは顔を曇らせ、複雑な心情をもて余す。

 「ゲツレイ‼️」と、スイリョウが抱き締める。

 「慌てて大人にならなくていいよ。あなたはあたしの妹だから。あなたのことはあたしが守る。」

 いやいや。

 物理的危機なら、守っているのはゲツレイなのだが。

 「ちょっと、姉さん。化粧、剥げちゃうから。」

 慌てて離れようとするゲツレイだが、スイリョウの呼び方が『スイリョウさん』から『姉さん』に変わっている。

 少しずつ少しずつ、ゲツレイは変わっていくが、まだまだ足りない。

 足りな過ぎる。

 「すまない、ゲツレイ。」

 無理をさせていると分かるから、悔しげに顔を歪める大使だった。

 「背伸びさせた。すまない。」

 震える声で頭を下げる、その意味に気付けない。

 大人達を傷付けながら、しかし精神的に未成熟ゆえの真っ直ぐさで、少女は前に進もうとする。

 「行こう。」

 いざ、江戸城へ。

 少女は竜に会えるだろうか?

 

 


 

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