第70話 狂の予感
そして同じ頃、拠点を江戸に移した新選組副長、土方寿三は、新しいおもちゃを見つけた喜びに震えていた。
京の都の治安維持にあたっていた新選組が幕臣となり、江戸の治安維持活動を始めていた。
役目上、当然今日の小競り合いの現場にも駆けつける。
そこで、いくら未熟者の剣とはいえ振り下ろされる刀を物ともせず、最高のタイミングで敵の腕を砕いた、奇妙な少年を目撃する。
彼と、その関係者らしい少女は雑踏に消えたが……
「あれは、あのガキは強いぞ、沖田。」
残像が消えない。
圧倒的な強者の気配が、常に(殺)しあいを求める土方の狂気に触れる。
彼らだって馬鹿ではない。幕府を妄信もしていないし、時の流れが『幕府の終焉』に向かっていると気付いている。
それでも、例え終わろうとも幕臣として一途であろうとする彼は、目の前にエンドロールが見えるからこそ生きようと足搔く。
彼にとって『生きる』とはすなわち『戦い』。
農民から武士になった、ただ足搔き求めたその頃のまま、土方は戦いを求め続ける。
「殺りたいなぁ」、と。
話を聞いている沖田総士は、この頃だいぶ体調に難を抱えていた。
だから土方も『探し出せ』とは言わないが……
『探してみようか』と、沖田は思う。
彼もまた、土方と違う意味の人生のエンドロールが見えている身だ。
昔から共に歩んだ、兄貴分の希望を叶えたいと願った。
そして、一方大使館の自室のジュンケンは?
「くそう‼なんだよ、あれは‼」
見てこなかった、視野が狭かった自分を責めていた。
町を少し出るだけで、あまりにひどい格差があった。
清にも勿論格差があり、満州族、漢民族以外は馬鹿にされる。
格差の最たるところにいたのが僧堂の捨て子であるジュンケンであり、マフィアの娘であるゲツレイなのだ。
だからこそこの国に格差がないとは思わないが、それにしてもひど過ぎる。
いや、江戸の街中でも、帰るべき家がないのか路上に横になっている人がいる。あの中の数人は死んでいるのかもしれない。
俺は一体、
「何を見てきたんだよ‼」
つい大きな声になると、
「うるさいよ。何騒いでるんだ、君は?」と、いつの間にか聞きつけていた、ゲツレイが立っていた。
「ああ、うるさかった?」
「ああ。」
「そっか。」
「うん。」
言い方に迷う。
結局ジュンケンは詳しくは言わず、
「なあ、ゲツレイ。」
「ん?」
「俺は助けられると思うか?」とだけ訊いた。
意外にも、少女の答えは明確だ。
「出来ると思うよ。」
「え?」
「私はただ、自分の好きなものを守りたくて、自分自身を守りたくて、戦う。大使も、姉も、スウトウも、ゆきさんも、もちろん君も失いたくない。
でも、君は。」
「?」
「もっと大きなもののために戦える人だろ う。」
「え?」
「私より学があるし、君が正邪を間違うとも思えない。きっと助けられるよ。」
言うだけ言って、自称姉は部屋に戻って行った。
しばし呆然としたジュンケンは、滅多に話さないゲツレイの長セリフに少し笑う。
「そうだな……やれることから始めてみようか。」
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