第68話 戦いの意味

 正しいとか間違っているとか、本当はもうどうだって良かったんだ。

 女は、つい1か月ほど前兄を亡くした。

 女は、父と兄と3人暮らし。

 父は……

 若い頃肺の病を患っている。いったんは治まったかに見えたそれは、年を取った今更再発、いつ逝くか分からない細い息で臥せっていた。

 代わりに農作業に精を出し、一家を支えていた兄は2か月前に帰らなくなった。

 刀傷でズタズタの遺体が、水から上がったのが1か月前。それが兄の命日になったけれど、実際はもっと前に殺されたのだろう。

 兄は正義感が強い。何かに首を突っ込んでしまったのだろうが、殺されてよい筈もない。

 父は動けない。私が動くしかなかった。

 女は農作業に精を出し、理不尽すぎる世界を生き抜こうとして、折れた。

 その瞬間の事件だったから、彼女は侍と少年の間に飛び込んだのだ。

 どうしても助けたい気持ちと、もう死んでもいいというやけくそが連鎖して……


 「死ね‼」と、青年が刀を振るう。

 きっとひどい痛みがあり、自分の人生は終わるのだろう。

 父に送らせるのは申し訳なかったが、たぶん間もなく彼も来る。

 謝るならそこでと思いながら、女はぎゅっと目を瞑る。

 逃げろと言っても逃げなかった、おそらく動くことすら出来なかった少年を抱え込む。彼だけでも助かるように……

 ……

 しかし、いつまで待っても痛みは来ずに、振り向くとそこには、日本人ではないのかもしれない、変わった服装の少年がいた。

 彼の足元にへたり込み、腕を抑えてうめく青年。

 右手があらぬ方向に曲がっている。

 刀が地面に転がっている。


 青年が刀を抜いたのを見て、ジュンケンは現場に飛び込んでいく。

 『バランス崩れすぎだ』と教えてくれた、ゲツレイに感謝だ。

 意のままに体が動く。

 『餓鬼』と『花』の間に飛び込んで、刀を振りかぶる青年を見る。

 決して達人ではない、いや、むしろ未熟な、腰を引いた構えだ。

 ジュンケンは殺すことを封印したが、彼は少し反省したほうがいいのかもしれない。

 刀は左手で振るもので、右手は添えるのが正しい。

 なら、こんなことで刀を取り落とすなど最底辺と言わざる得なくなるが……

 「ふっ‼」

 軽く気合をはきながら、ジュンケンが前蹴りで右肘を砕く。

 瞬間ボキッと音がして、青年の右手は逆側に曲がった。

 左手に十分な握力が載っていないから、刀が落ちる。

 「ウギャーッ‼」

 叫んで崩れ落ちた青年に、

 「お前全然鍛錬してないだろう?」とささやいた後、

 「パッキリキレイに折ったつもりだけど……

 ちゃんと医者いかないと、曲がってくっつけば後遺症が残る。早く行けよ」と助言した。

 「君も早く雑踏に紛れろ。」

 少年に言うと、やっと正常に心と体が動き出した。彼は走って身を隠す。

 「じゃ、俺らも。」

 「え?」

 ジュンケンは興味を持った、勇気ある女の手を取った。

 そのまま2人雑踏に紛れ込む姿を、

 「ったく、何やってんだか」と、鍛冶屋から出てきていた、苦笑いのゲツレイが見送った。



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