第67話 手折られた花
はたして、目抜き通りでは騒ぎが起こっていた。
羽織袴で帯刀した10代に見える若い武士と、7、8歳の少年が向き合っている。
怒りの表情の青年に睨まれ、子供は縮み上がっている。
彼は魚籠を持っていて、その魚籠も本人もまた泥まみれでビショビショに濡れている。おそらく川エビでも採っていたのだろう。
そして青年の服が泥まみれだった。
「貴様、どう落とし前をつける気だ‼」
怒りに我を忘れている、狂気じみた目をしている。
少年がぶつかったことは明白だった。
これはまずいぞ。
瞬間ジュンケンの目に映ったのは、蛇に睨まれ動けない蛙と、睨んでいるのは蛇じゃない、小さな鬼だ。異様に腹が膨れ、理性のない目をしている地獄の餓鬼。
彼が人の話を聞いたり、立場を慮れるとは思えなかった。
江戸時代には『切り捨てごめん』という文化があるが、実際に武士だからと言って軽々に人を切られては困る。本当にそれほどの……人を切る理由があったか調べられ、場合によっては刑罰を受けるらしいが……
青年にはそれを思い出せる器量も、例え我が身可愛さでもいい、思いとどまれる余裕も無いようだった。
やばい。これは抜くかもしれない。
ジュンケンは、人を殺すかもしれない戦い方は封印した。
だからと言って、誰かを守るために戦うことは止めていない。
正しさを守るための戦いも、然りだ。
飛び込もうとした寸前、
「止めなさいよ‼」と、先に飛び込んだ女がいた。
背は、スイリョウほどではないが大きめだ。粗末な着物を着て、薄汚れた手拭いでほっかむりしている。
手の指が、僧堂の僧侶たちのように黒い。
僧侶達は自給自足を旨として、日々農作業にも精を出した。洗っても、土は完ぺきには取れなかった。
彼女の手指もそうだ。働き者の手をしていた。
少し釣り目だが、意思のある大きな瞳。
彼女が……
少年には『花』に見えた。手折られてなお、生きようと足掻く『切り花』だ。
「なんだ、女‼邪魔立てするなら貴様も切るぞ‼」
青年が刀に手をかけた。
「ああ……」
「うぅ……」
周囲からどよめきが上がる。
『餓鬼』と『蛙』の間に、『花』。
それはギリギリの光景だった。
もし助かりたいのなら悪手だったが、女も決して止まらない。
「いい加減にしなさいよ‼大人げない‼」と叫ぶ。
「人間が小さ過ぎるのよ‼」、と。
罵倒されたのがとどめだった、青年が刀をついに抜いた。
大きく上段に振りかぶる。
先ほどから小声で、
「逃げな。早く逃げな」と、女が子供に言っている。
しかし、子供も怯え切って動けない。
このままでは2人揃って切り捨てられる、瞬間。
ジュンケンが飛び込んでいく。
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