第65話 足で稼げ

 翌日から、ジュンケンとゲツレイは町に出ることとなる。

 いや。

 ゲツレイはほぼ仕事がない状態だし、ジュンケンだって通訳としての仕事がなければ町で買い食いをしている。

 ただ、これからは『仕事』で出るのだ。

 「この先は情報がものを言う」とは、大使の弁。

 「この先日本がどう動くか?それによっては知己を結ぶ相手を変える必要があるし、最悪この国から退避することさえある。

 国の上層部からの情報は私が拾うから、君達2人は人々の間の噂を拾ってほしい。噂だから間違っていることもあるが、火のないところに噂は立たない、必ず何かのヒントにはなる。」

 珍しい真顔に、少年少女は大きく頷き返した。

 勘が鋭く行動的な2人……

 ジュンケンとゲツレイは密航者で、大使館員にしたのはあくまで偶然だった。

 しかし、こうなってみると、大使は最高のエージェントを手に入れていたことになる。

 通訳はスウトウが兼任する。

 「じゃ、早速行ってくるよ。かけそばの大盛食って来よ。」

 「……君さっきお代わりしてなかったか、3杯。」

 「まだまだ食えるよ。」

 「……」

 出かけようとする2人を呼び止め、

 「あ、待て待て‼これを‼」と大使が手渡したのは、1朱銀5枚ずつだ(62500円相当)。

 「今月は半分近く過ぎているから……次の給料日から16朱渡す。半分は必要経費だ。」

 「え?」

 「いら……いらない。」

 小遣いが使えず苦労していたゲツレイが、ぶんぶんと首を横に振る。

 「いいから。……って言うか、経費は絶対必要だからな。」

 「……」

 「?」

 「町を歩いて情報収集するわけだし、昼飯を外で食べるかもしれない。何か商品を買って会話のきっかけを掴むかもしれない。仕事で必要なお金はこちらで持つ。当然だよ。」

 押し付けられた金子に戸惑いまくるゲツレイと、

 「よし‼そばに天ぷら乗せようかな」と、お気楽に笑うジュンケンだった。


 「で、だからってなんでここに来るんだよ、お嬢は?」

 あきれ顔の鍛冶屋の男。

 そう。あの脇差事件の鍛冶屋である。

 またまた増えた金に辟易したゲツレイが、現実逃避に選んだのはあの鍛冶屋だった。

 「私に欲しいものはない。食べ物は限界があるし、着飾ることに興味はない。」

 ゲツレイもずいぶん話せるようになっている。

 「で?」

 「見ていて楽しいのは刃物だけだ。」

 「いや、その発言は危ないだろう‼」

 思わず突っ込むが、ゲツレイは気にも留めず、店に置いてある日本刀を見ていた。

 鞘から抜いてその輝きを見て、また鞘に納める。

 えっらいキレイな娘だったんだな、この子は。

 横顔を見て、初対面では『息子の仇討』に夢中で分からなかった、整った顔立ちに驚愕する。

 この外見で、『着飾ることに興味はない』か。

 なんとなく残念に思ってしまった自分を恥じて、

 「お嬢は日本刀は使うのか?」と、話を逸らす。

 「日本刀……と言うか、長い刃物は使わない。」

 「得物を持った敵に不利じゃないか?」

 「逆だ。私は力があるわけじゃないし、振りかぶって切るのも一苦労だ。」

 「ああ、そうか。」

 「なら、刺したほうが早い。」

 少女は懐から小刀を出す。

 男が打った……と言うか研いで研いで、形を整えたあの小刀を見せ、

 「これが1番いい」と笑った。

 不意を突かれ、男が何かあたたかい感情に支配されたその時、

 「おわっ‼」

 「なんだなんだ‼」

 外が急に騒がしくなった。

 人々が店の前を通り過ぎ、目抜き通りの方へと走り出す。

 「?」

 「何かあったみたいだな。」

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