第64話 歴史とは、勝者が決めた都合の良い言い訳

 「人心が乱れてきているね」と、夕食時、急に大使が言い出した。

 勘の悪いスウトウと、あまり外に出ていないゆきがきょとんとした顔をして、うすうす気づいていたのだろう、スイリョウは頭をかく。

 勘がいいジュンケンとゲツレイは、大きく頷いた。

 ちなみに、この日の晩御飯はゆきが作った。

 元々が寒村の3女、しかも先祖返りの忌み子である。

 実家でも好きなように手伝わされていたため、彼女の家事スキルもかなり高い。

 焼いたかしわに、冬瓜など夏野菜のあんかけ。中華風もどきになっているのは、スイリョウに味付けを聞いたのかもしれない。

 ゆきが苦手にしているのは裁縫のみ。

 これは仕立ては無理、と言うことで、村では貧乏暮らし、遊郭では与えられるもので生活できたため、繕うくらいしかやらなかったせいだ。

 スイリョウは名目上事務官だが、そっちは全くやる気はない。

 衣はスイリョウ、その他はゆきで住み分けていた。

 「町の方はどうだい?」と、大使が年少組に訊く。

 「落ち着かない、イライラした空気だ」が、ゲツレイ。

 「喧嘩が多いよ、普段より」が、ジュンケン。

 火事と喧嘩は江戸の華とは言え、あちらこちらで言い合っている。

 「そうか」と、大使は頷き、今もってわかっていないメンバーの為、

 「少し歴史の話をしよう」と語り出した。


 「スイリョウが生まれてすぐだったか、清は英国と戦争をしたことがあるが、これは知っているね?」

 後にアヘン戦争と言われる、あれである。

 その害も中毒性も知った上で、英国は自由貿易を盾にアヘンを清に持ち込む。

 それを嫌った清と戦争になり、産業革命後の英国に物理でズタズタにされた。

 圧倒的な差だったのだ。

 「アヘンは体に悪い。これは分かるね?」

 大使の言葉に、今はもう出自を隠さないゲツレイが、

 「父が阿片窟をやっていた。多くが廃人になった」と、ボソッとつぶやく。

 「それでも、歴史は勝者が作るんだよ。本当の意味の是非は今いる人がいなくなって、100年くらいたたないと判断出来ない。ただ負けたら文句は言えないから、自由貿易の勝利だと、どんどんアヘンを持ち込む英国を止められない。どんどん入り込む諸外国を止められないまま、私達の国は末期的症状だ。

 でも、ある意味『負けた』だけ幸せだったよ。」

 大使の解釈に全員が目を丸くする。

 「負けた事実が諦めさせる。いや、負けて尚イライラは燻ぶっているけれど、それでもドンドン国に入り込み国を荒らす外国人を、辛うじて受け入れられる。追い出せないならその方がマシだ。

 でも、この国は……日本は『負けて』いないんだ。」

 薩英戦争など、小さな単位での敗北はある。

 しかし国として戦ったわけでなく、ただ入り込もうとする外国勢力に揺さぶられ、出来た頃ならともかく15代まで続いた幕府は弱まり、ふらつくばかりだ。

 「大きな政変がありそうだね」と、大使はしめた。

 初めて会った日、ジュンケンが臥竜だと言った、青年将軍を思い出す。

 時代の荒波に飲まれるか、飲み込み返すか。

 

 動き出す……





 注)アヘン戦争云々は私の解釈であり、一般論ではありません。立ち位置によっていろいろな意見がある分野です。

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