第4.5章 (閑話)そうだ、京都行こう

第61話 富士は日本一の山

 「えーっ‼富士山登りたいぃ‼」

 久し振り、大使のわがままお嬢様モードのスイリョウだ。

 勿論酔っ払いの上、何ならわざとだ。

 しかも日本語。

 この人もだいぶ話せるようになった。

 「はは、富士山は、無理ですよ」と苦笑いなのは宗近で、

 「何やってんだか。」

 「皆さん、お茶飲みますか?」

 「ありがと。」

 「おお‼感謝、スウトウの嫁‼」

 「ゆきさんだよ。」

 お茶を持ってきてくれたゆきにぞんざいな口をきいたジュンケンが、ゲツレイに窘められる。

 蝉の声が聞こえた。

 夏本番の清国大使館、1階の広間での会話である。

 スイリョウ、ジュンケン、ゲツレイ、ゆきに、なぜか宗近まで加わっている。

 大使とスウトウが不在なのは、平良藩の江戸屋敷に藩主・平良多郎好隼が来ているためで、2人は挨拶に出向いたのだ。

 通訳であるジュンケンではなくスウトウが付き従って行ったのは、ひとえに娘に激アマな大使と、嫁に過保護な秘書官のせい。

 自分たちの留守中に不測の事態が起きたらいけないと、戦える2人を残したのだ。

 「まったく、私は用心棒じゃ無いのに。」

 以前は自らそうあろうとした、用心棒しか出来ることがないと言っていた少女のつぶやきが印象的で。

 不肖の息子、今もって将来を曖昧にしたい宗近は、江戸屋敷から避難してきている。

 それが故の変則メンツだった。

 「えーっ‼なんで富士山ダメなのぉ‼」

 「いや、それは……」

 ジュンケンだって知っている。

 脳筋の天才故、日本への来かたは行き当たりばったりだったが、徐々に情報量を増やしている。

 おそらく、スイリョウだって知った上で絡んでいるのだ。

 江戸期、富士山は民間信仰の対象だった。

 村で金を出し合い、代表者数名を登山させてご利益を願うなど、している。

 そして形だけでも男女平等な現代と違い、女は不浄な存在として当然登山も禁じられていた。

 男装して登り切った女性などの逸話もあるが、そこに『信仰』が絡む以上危険は避けたいのが、案内役の宗近の本音だった。

 「女性は入山出来ませんよ。」

 「なんでよ‼」

 いや、知っているのに、まるで初めて知ったかのように激高し、スイリョウはガバッと立ち上がる。

 酔っているから動きが荒い。

 暑さも手伝ってスリットが大きく入ったチャイナドレスで、思い切り足を開いて立ち上がるから、

 「……」

 いろいろを男性……この場合宗近のみだが、その視線から隠すように、ゲツレイが2人の間に入った。

 阿吽の呼吸過ぎて……

 ちょっとおかしい。

 「あ、じゃあいっそのこと。」

 宗近が提案する。

 「京都に……御所のある街ですけど、行ってみません?皆さんで。」

 「京都?」


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