第59話 臥竜と小刀

 「うわーっ‼腹立つ‼なんだよ、その無茶苦茶は‼」

 話を聞いてひとしきりいきり立った後、

 「でもまあ、現実問題、金集めるしかないか」と、ジュンケン。

 カッカしても脳筋の頭脳派、論理立って考えればそれ以外は無いのである。

 「俺とゲツレイの分の前借りして……96両だからまだ足りない。スイリョウ姉からも借りてギリギリだな」と、とんでもないことを呟く。

 「いや、さすがにそこまで迷惑はかけられないよ‼」と騒ぐと、

 「うっせえ‼じゃ、諦めるのかよ‼」と、大声を出す。

 「ゆきだか言う子、お前、諦めきれるのか‼」

 諦められる訳、無いのである。

 人生で初めて好きになった子を、諦められたら男じゃない。

 しかし、男だろうと女だろうと、出来ないことも確実にある。

 「……」

 答えられないスウトウに、

 「じゃあさ、人に借りるのが嫌ならおまえの分だけでも前借りして、賭場で増やすか?」と、斜め上の発想をした。

 若くともジュンケンは僧堂の子。いい加減だったり几帳面だったり、僧堂にはいろいろな人間が集う。

 当然賭け事狂いも周囲にいて、彼は鉄火場を知っている。

 だからこその発言だが、

 「それは止めておけ」と、続いて顔を出したのはゲツレイ。

 「お?どうした?」

 「どうしたもなにも、声が私の部屋まで響いている。興奮し過ぎだ。」

 窘めながら入室すると、

 「気づいているだろうが、私は上海マフィアの娘だ」と自ら言った。

 本当に、1日ごとに少女は変わる。

 「え?」

 「ああ。」

 当然のごとく受け入れるジュンケンと、少し驚くスウトウ。

 「スウトウは知らなかったか?」

 「あ、うん。」

 「嫌か?」

 「え?いや、嫌じゃないよ。」

 肯定され、少しだけ目を細めた少女が説明するに、清国でも今でいう風俗店は、大抵訳ありらしかった。

 田舎娘を騙したり、借金漬けや薬漬けにするのもあり。

 それで体を壊せば捨てるだけで、正当じゃないという意味では賭場もまたしかり。

 「まず勝てないから止めておけ」と言われ、

 「じゃあ、攫ってこようか」と言うジュンケンの発言に、

 「それもお勧めしない」と呟く。

 彼女の周囲にも急に『真実の愛』とやらに目覚め、足抜けしようとしたチンピラと娼婦など、多々いたのだ。

 「逃げ切れた者はいないし、捕まれば見せしめで情け容赦なくやられる。男は殺されて川に浮かび、女も共に浮かぶことが出来れば御の字、ボロボロにされて傷も癒えない内に客を取らされるだけだ。」

 それはゾッとするような未来図だった。

 助けたくて救いたくて、しかし、もっと深い地獄に落とす。救おうとした側は死んでいるので、もう何も出来ないままに。

 「やっぱ借りるしかないか、大使に。」

 当然の帰結だが、3人分足したって200両にはならなくて。

 「でも……」

 諦めたくない。

 諦めたくないけど不可能だ。

 言葉が出ないスウトウに、

 「うるさいわね‼あたしの分の貸してあげるわよ‼」と、最後に乱入してきたのはスイリョウで。

 バラバラの個性、バラバラの理由。

 それでも随分信頼関係が出来つつある。

 瞬間、

 「いいです‼僕の名前で借ります‼」と、スウトウが立ち上がる。

 急いで1階にいる大使に会いに行った。

 口元が少し笑っている。


 

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