第58話 老犬と臥竜

 「くそう‼どう考えても計算が合わない‼」

 大使館に戻ってスウトウは、さっそく計算し直してみる。

 もちろん、ゆきの借金だ。

 あの後聞いたことによれば、彼女は5両(100万円)で売られたそうだ。

 たったの5両だ。

 人の人生を左右するには小さ過ぎる金額に思えるのは、スウトウも田舎役人とはいえ小金持ちの息子であり、本当の意味の貧困を知らないせいだ。

 5両どころか、50文(2500円)ほどで路頭に迷える、寒村の現実を知らない。

 今現在の月給だって、満額でもらえば2か月で返すことが出来る、

 『そんな金額で?』と憤る。

 ゆきに聞いた。

 もし身請けされなければ、自由になるのは10年後だったらしい。

 15年以上人を拘束するる理由が5両か、と。

 しかも彼女の身請け料は200両。

 無から有を生み過ぎだろうと思う。

 いくら衣食住が保証されても、下働きの3年間で返し終わっている程度の借金だ。

 その後は純粋に搾取されて、最後の200両も店に入るだけで、ゆきにはびた一文入らない。

 あまりにひどい契約だと思ったが、スウトウだって馬鹿ではない。

 この手の理不尽は社会のどこにでも転がっていて、分からないでか諦めてか、そこにいる人が認めている以上、騒ぎ立てても無駄である。

 ならばこの理不尽に則って、正式にゆきを自由にするには200両支払う以外ないのである。

 ただここで壁にぶち当たる。

 スウトウ自身が金に困っている人間だ。

 故郷に置いてきた先払いの24両を除き、もしすべて先払いが可能でも47両(1両は使ってしまった)しかない。

 4分の1もないのである。

 「くそう‼どうすれば‼」

 自分の借金は増やせない。

 借金に首を絞められれば、科挙を諦めざる得ない。

 いや、もうすでに諦めるべきところに来ているが、心が残る。

 でも、ゆきのことは救いたいし……

 「くそう‼」

 どうしていいか分からずに、青年は頭を掻きむしる。

 手詰まりだ。

 最悪、大使か宗近に借金を申し込むしかない。

 それは最後の手段として、くそう……

 考え込んでいると、

 「うっせえな、スウトウ。何があったんだよ?」と、襖を開けたのは隣部屋のジュンケンだった。

 「あ?聞こえてたか?」

 「ああ。くそうくそう、騒ぎやがって。何があったんだよ?」

 「いや……」

 『何でもない』で誤魔化すには騒ぎ過ぎてしまっていたから、諦めてスウトウは説明する。

 あの日連れていかれた娼館の、記憶にもない誰かの運命を訊かされて。

 「はあ‼なんだよ、それ‼」と、少年は憤った。

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