第56話 間の悪い男’s
その月最後の1分金を握りしめたスウトウが、しかし雪乃に会えなかった原因は宗近だ。
平良四郎宗近。
小藩の跡継ぎにして、清国一行の案内役。
興味本位で行動し、少年少女を必要以上に傷付け、スイリョウの怒りを買ったのに懲りていない。
いや、三つ子の魂百までで、人間の行動原理などそう簡単に変わるものではないのかもしれない。
だから彼は、あの清国一行の中で最も生真面目な青瓢箪、内向的な男がハマっている遊女に興味があった、それだけだ。
今晩青年が来ることも知らず、バッティングしたのはただの偶然。
別に意地悪をしようとしたわけではない。
こうなると……
そういう星のものと生まれた男達なのだろう。
ともあれ、宗近は雪乃を選び娼館に上がった。
恒例抱く気はない。
ただ酌をさせて観察する。
「あの、お殿様?」と、雪乃は戸惑った顔を見せた。
それはそうだ。
娼館に上がっておいて、酒を飲むだけ。
こんな客、まずいない。
……
いや、1人いたか。
本を読むだけの人が。
そして一方宗近も、
『素材はピカイチなんだよな』と、値踏みする。
雪乃は綺麗だ。
銀髪、灰銀の瞳と特別異質な部分は横に置いても、細面でよく整った顔立ちをしている。
目は少しタレている。
それが余計柔和で、柔らかい印象を他者に与えた。
ただ少し遊女としては朴訥で、洗練されていない印象だった。
「出身は?」
「北の方です。」
「山か?」
「いえ、海辺の村です。」
要は東北の寒村の子だ。
おそらくは売られてきた。
「遊女になってどれくらいたつ?」
「14でこの仕事を始めました。5年ですね。」
「そうか。」
今は軽々しく手を出さない宗近も、20代後半までは大いに遊んだ。
経験上わかる。
彼女が売られたのはもっと年少の頃で、踊りや話術で客を楽しませるトップクラスにはなれないと判断された。
その原因は……多分……
性根が綺麗すぎるんだろうな、この娘は。
雪乃からはガツガツした、欲のようなものを感じない。
遊女とはいえ欲があり、少しでも店にとって代えがたい存在に、誰もを睥睨するような存在になりたいと願う。
一応藩主の跡継ぎである宗近に名指しされるのは大きなチャンスで、常連にでもなれば自らの格が上がる。側室……にまでは身分的に無理でも、囲ってもらえれば娼館を出て楽な生活ができると夢を見る。
大抵この機会を逃すまいと必死でアピールしてくる筈で、しかし彼女にまったくその気はなさそうだ。
戯れに訊いてみる。
「そう言えば、外国人のお客さんで君を贔屓にしている者がいなかったかい?」
「ああ、カクさんですね」と手を打ち、彼女は笑った。
ひどく幸せそうは微笑みだった。
「どんな人?」
「カクさんはいつも本を読んでくれます。文字を教えてくれて、この間里見八犬伝も読み終えました。」
はい?
およそこの場所に似合わない。
ここは娼館、遊郭であり、女性を抱く場所なのだ。
え?本?
「今は次の読み本に入っていて、」
マジで?まさか?
「でも、カクさん、手を出してくれないんですよ。私も本が読めて嬉しいのですが、何か申し訳なくって……」
どうやら杞憂ではないらしい。
あの生真面目朴念仁は、『金で女性を好きにできる』、そういう場所で『恋愛』している。
そして本来なら、
『しなくてもお金をくれる。楽な客だ、ラッキー‼』くらい強かでなければならない遊女自身も、真面目に申し訳なさそうで……
これは、ある意味お似合いなのかもしれないと思う宗近だった。
興味優先。
思い立ったがすぐ行動、の宗近だ。
一瞬、
『味見してみようか』と悪い心を起こし、しかし抑えることが出来ただけ、僥倖だった。
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