第55話 月に託す
「はは、これじゃ俺の息子が敵わないわけだ‼」
さっきまでの凶相はどこへやら、鍛冶屋が豪快に笑った。
「?」
「その脇差。」
「?」
「俺の息子のものだ。鍔を見ればわかる。」
武士が刀を失うなど、ありえない失態だ。
それで息子の死を察し、鍛冶屋は掛かってきたのだろう。
「おそらく息子はお嬢ちゃんの手にかかった。ただ、どうしてそうなったか、教えてはくれまいか?」
深く頭を下げられて、ゲツレイでは伝えられない、代わりにジュンケンが語った。
「悪い。ゲツレイはそこまで日本語が話せない。代わりに俺が」と前置きし、
「俺達は清国大使の随員だ。外国人だ」と、語り出す。
攘夷派に囲まれたこと。護衛は全てやられたこと。
そしてゲツレイが刃を握り、さらに攻撃を加えようとした彼らを葬り去ったこと。
「そうか。」
分かってはいたが、他人の口から伝えられた息子の死に肩を落とす鍛冶屋に、
「あなたの息子は最後まで立っていた」と、ゲツレイ。
慌ててジュンケンが訳す。
「私は1人倒し、そこから武器を奪ってまた1人、と繰り返した。この武器があなたの息子のものなら、私が最後に倒した人だ。最後まで戦った。」
それが優しさからなのか、分からない。
ただいつも通りの無表情のままの言葉に、
「はは、そうか」と、鍛冶屋は笑った。
笑ってくれた。
その後ポツポツ話したことによると、鍛冶屋の家は武士ではあるが、武士にもいろいろあると言う。
城に通い計算ばかりしている文官もいれば、同じく城で調理ばかりする料理人もいるという。
男の家は『鍛冶』だった。幕府にお墨付きをもらい、城下で店が開ける程度の優秀な鍛冶師だ。
ただ息子はそれを嫌い、武士として戦って生きることを望んだらしい。
「それで死んでりゃ世話ねえが、それでも望みのままに生きようとしたことはわかったよ。」
「そう言えば、1人助かったと思うけど?」
ジュンケンが殺しきれなかった、大きく胸を裂いたけれどかろうじて生き残った男は?
「ああ、あいつは息子の幼馴染だ。連れ立って行動していたから、攘夷派に入ったとは思っていた。あいつは死んだよ。」
「え?」
「打ち首だ。武士として切腹すら許されなかった。」
外国人一行を襲ったとして、もうすでに処断されたらしい。
「ああ、せっかく殺さなかったのにな。」
落ち込むジュンケンに、
「君は救おうとした。殺すだけの私より偉い」と、ゲツレイ。
本当にずいぶん変わってきた。
「さて、小刀だな」と、鍛冶師が言った。
「うん。」
「ならば、この脇差を使わせてくれ。いい鉄だ。」
彼は研いで研いで、息子の脇差を小刀に変えるつもりらしい。
「わかった。」
「なら4、5日後にまた来い。」
話がついた。
さっさと店を出るゲツレイに、
「お前、どういう意味か分かってるのか?」と聞くと、
「うん」と頷く。
鍛冶師は少女に全てを託した。
息子の、もう決して叶うことのない夢も、生き様も、全て。
少女も背負うと決めたようだ。
「わかっている」と、独り言ちた。
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