第54話 満ちる月

 「えーっ‼買い物って小刀かよ‼」

 つい大きな反応になったジュンケンに、ゲツレイがこくんと頷く。

 「無いと……落ち着かない……」

 相変わらずだ。

 言葉数が多くない少女だから、想像で補うしかないのだ。

 「スイリョウ姉に怒られそうだな。」

 ぼやくジュンケンの脳裏に浮かぶのは、あの上海の夜の第1印象。『抜き身の小刀』だった、不退転の覚悟を秘めた小さな背中。

 言葉は少ない、不愛想だ。

 けれどこれまで一緒にいればわかる、本音は優しい、生真面目な気性の彼女が、そうならざるを得なかった、そういう環境で育ったのだ。

 ゲツレイにとって身を守る武器は、何物にも代えがたい大切なものと思った。

 今ゲツレイは、説明にでも使うつもりか?例の脇差を持ってきている。

 今ある唯一の武器である。

 あれでは大き過ぎて懐に入れられないのは、分かった。

 ならば腰に差せば、武士でもない、外国の女の子がそうしている不自然さが際立つだけで、

 「仕方ないな」と、ジュンケンは覚悟を決めた。

 「ちゃんと蕎麦おごれよ。」

 「うん。」

 「でも俺、鍛冶屋は知らないぞ。」

 「ああ、それなら、」

 すでに見つけてあるらしい。

 ゲツレイも何とかお金を使おうと、たまには甘味屋に出向き団子などは食べていた。

 かろうじて食事に響かない程度の買い食いの途中、鉄を打つ音を聞いた。

 そこが1番気持ちの良い音を立てていた。

 そして買い食い程度なら意思の疎通が出来るようになったゲツレイの日本語では、鍛冶屋で説明は難しい。

 だからこそのジュンケンなのだ。

 「どんなのが欲しいんだ?」

 「この半分くらい。刃先が心臓に届けばいい。」

 「理由が怖ぇよ。」

 言いながら、少しも怖がっていない少年と、少女は目的の店に向かう。

 メインの通りを少し外れた、小さな店だった。


 「こんにちは、誰かいませんか?」

 ジュンケンの呼びかけに、奥から顔を出したのは壮年の男性だ。

 鉄を打つ音は聞こえていなかったが、研ぎでもしていたのかもしれない。

 袖が邪魔にならないよう、たすき掛けをしていた。

 「なんだ、小僧。お使いか?」

 ぞんざいな言い方。

 その姿にイメージが浮かぶ。

 ジュンケンは鍛冶屋の男を、『魚篭に捕えられた魚』と見た。

 決してプラスのイメージではない。捕えられ、行き場を失っている。

 何か悩みがあるのかもしれない。

 ?

 珍しい。ゲツレイの見立てが間違っっているのか。

 「小刀が欲しいんだ。この、半分くらいの刃渡りで。」

 ジュンケンが指をさすのは、ゲツレイが捧げ持つ脇差だ。

 瞬間‼

 男の雰囲気が入れ替わる。魚篭の中の魚が跳ねる。

 「息子の仇‼」

 問答無用で、傍にあった真剣を抜いた。

 そのままジュンケンに襲い掛かろうとして……

 「待て‼ゲツレイ‼」

 それを許さない少女がいる。

 大切な弟に切りかかるなど、必ずその報いとして命を奪う。

 瞬間で鍛冶屋の懐に飛び込んだ少女が、例の脇差を抜いて喉を狙い、

 「殺しちゃ駄目だ‼」

 少年の言葉にかろうじて止まった。

 ゲツレイの刃は鍛冶屋の喉に肉薄し、切っ先が吸い込まれる寸前である。

 刀を振り上げたものの下すことさえ出来ず、鍛冶屋がその場で腰を抜かしたようにへたり込む。

 そう、止まることが出来た。

 ゲツレイがまた少し変わり出す。

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