第53話 上弦の月

 月末が近付くにつれ、少し焦り出すゲツレイだった。

 お金が全然減っていない。

 大使は、『全部使うように』とは言わなかったが、1朱銀7枚丸々残っているのはどうなんだろうか?

 文の方も、150文近く残っている。


 ゲツレイは、所謂『なし・なし』で育った娘だ。

 愛情なし。物なし。

 いや、物は上海マフィアの娘だし、いろいろと転がっていた。

 けれど、彼女のための物は1つもない。

 でも、生きてきた。

 こういう育ちをすると、執着するか無頓着になるか、間がない。

 ゲツレイは……

 本人に自覚はないが、『愛情』には執着する。

 大切な人のそばにいたい、嫌われたくない、出来ることなら愛されたい。

 『出来ることなら』の理由は、今まで愛されたことがないからだ。

 自分自身の感情に整理がつかず、遠慮がちに、やり方がわからないからただ『待つ』のだ。

 対して金銭や物に関しては?

 無いなら無いで生きていけることを知っているから、徹底的に無関心だった。

 住む場所はある。

 食は……

 3食きっかり出てくるし、まだ専属の料理人を雇っていないものの、スイリョウの家事スキルはかなり高い。

 食事はおいしいし、体の小さな女の子のこと、たくさん食べれるわけではないし、十分すぎるほど満ち足りている。

 つまり、買い食いで金を使えるジュンケンとは違うのだ。

 1番若い女の子が買いがちな『衣』は……

 本人に興味がない上に、暇つぶしがてらスイリョウが作ってしまう。

 今、人生で1番の衣装持ち状態だ。

 今日もスイリョウ作の、白地に鮮やかな色彩で模様の入った上着を着ているし……

 でも、困った。

 どこにお金を使おうかと思った時、目に入ったのは文机の上に置きっ放しだった、攘夷派襲撃事件の時の脇差だ。

 今持つ唯一の刃物だったが、これまで使っていた小刀より長い。

 懐に入れられないから、この1か月は丸腰で出歩くしかなく、それが彼女を不安にさせていた。

 武器と共に生きてきたゲツレイにとって、使っても使わなくても、小刀が傍にあれば安心出来る。

 一種の精神安定剤のようなものだ。

 「買おうか。」

 呟いて、少女は脇差を持ち上げる。

 財布に7朱全てと、ばらばらで持っていた文銭、30~40文あったそれを放り込む。

 そのまま部屋を出た。


 「ジュンケン。」

 「ん?」

 部屋まで行って声をかける。

 許可を得て入室すべきとか、最低限の礼儀は心得ているゲツレイだが、何せ少年、襖を開けっぱなしにしている。

 どこかに出かけるつもりなのか、普段着である染みだらけの白の上下、財布に文銭を詰め込んでいた。

 少しだけ……

 いや、明らかに背が伸びた気がする。

 栄養状態が改善されて、成長期にも当たっているのだろう、同じくらいの背丈だった少年は今は拳1つ分くらいは大きくなった。

 なにせジュンケン、腹いっぱい朝食を食べてすぐ、大盛蕎麦が食べられるのだ。

 天丼とかにも挑戦したし、そのあとデザートに饅頭や団子を食べて、さらに昼食が食べられる。

 所詮食べ物、大した金額では無かったが、ゲツレイより確実に小遣いを減らしていた。

 「今日、仕事は?」

 「特に聞いてない。」

 「なら、買い物付き合ってよ。蕎麦をおごる。」

 交渉を持ち掛けると、

 「えーっ、女の子に払わせると、あそこの親父うるさいからなぁ」と、ぼやきながらニヤリと笑った。

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