第47話 父と娘
同じ頃、
「いやぁ、いい酒ですな。」
「越後の逸品ですよ。まあまあ、もう1杯、大使。」
「これはどうも」と、スイリョウの望み通り大使館に医師を派遣した宗近は、その後も大使と飲み続ける。
この2人、いわゆるザルであり量が飲めるタイプだ。
酌をしていた遊女達も下がらせて、今は大使と宗近、通訳の中野と娼館の女将の4人だけだ。
1番損をしているのは中野である。
彼もいわゆるいける口だが、主君の通訳という役柄上飲むわけにもいかず、お預け状態で職務についた。
宗近はこういう場合、後で必ず埋め合わせをしてくれる。
数日後の酒宴を夢見て、今はせっせと働いていた。
「しかし、意外だった」は、宗近の弁。
「何がです?」
「いや、お嬢さんの件ですよ。」
ザルとは言えど酔っているから、普段よりも切り込んでいく。
宗近は、大使の娘のオウスイリョウを、侮れないしたたかな女性ととらえていた。
「娘が?」
「いえ、私はお嬢さんに借りがあります。考えなしに動いたせいで、コウ君を必要以上に傷つけたし、軽はずみな言動から少女を傷つけた。けれど……」
「?」
「その借りを簡単に手放すとは思いませんでした。もっとしたたかだと思ったのです。」
えらいことを言い出したと、訳しながら、中野は冷や汗が止まらない。
失点に失点を重ねる気かと慌てたが、対する大使もしたたかに酔っていたのでうまく流れた。
「スイリョウは……優しい子です……」
いや、優しくないとは言っていない。
「優しくて、おっとりした子だった。」
はい?
「それを追い詰め、したたかにし、強気に変えてしまったのは私だ。私のせいだ。」
大使は語り出す、自分の仕出かした大失敗を。
愚かだった、傲慢だった、過去を。
娘を追い詰め、地獄へ落とし、結果その人生そのものを歪ませてしまった。
取り返しがつかない。
時は戻らない。
大使は自分を責め続けている。
「娘は死に場所を探しに来ているんじゃないか」と、酔ってつぶやく大使に、
『いや、それはないんじゃないか?』と思う、宗近。
こういうものは直感だが、宗近は彼女にそれほどの絶望を感じない。
大使の言う通り苦しい時間を過ごしたのだろうが、死にに来たと言うより、生きに来たように感じる。
「私は妻とは4年口をきいていない。見限られ家族からはみ出した私は、娘と妻が今生の別れのように抱き合い離れるのを、ただ見ていた。娘は死ぬ気で、妻はそれを知っているのではないか。」
酔いも手伝い嘆く大使。
宗近はしっくりこない。
『父から見た娘』は、そこに父の欲目や感情が入る。
本物とは少しずれている。
酔った頭でそう思った。
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