第43話 傷だらけだった

 「ちょっと、ゲツレイ‼その怪我なに?」

 血相を変えて飛び込むスイリョウだったが、肝心のゲツレイは布団に隠れ出てこない。

 「見せてみな‼」

 「ダイジョブ……」

 「大丈夫なわけないじゃない‼」

 「……」

 「ゲツレイ‼」

 ゲツレイは、上海マフィアの1人娘らしいが寡黙で素直、意外なほどに義理堅く優しい性根であると言うのが、スイリョウの評価なのだが……

 この件に関しては意地でも譲りたくないらしい。

 布団に隠れて出てこない。

 「もう‼」

 苛立って強硬手段に出るのはスイリョウらしい。

 一気に布団を引っぺがすと、服を着る余裕のなかったゲツレイの白い肌と、驚くほどに赤く腫れた大きな傷跡が見えた。

 「見ないで……」と小さく言うから、女同士なのに何を言っているのかと思った。

 胸、と言うより、上半身の全てを隠すような仕草。

 腕をクロスして体の前に置く。

 それでも当然覗いてしまう、大き過ぎる脇腹の傷が。

 「いつ?」

 「上海を出る前に。」

 「今まで隠してたのぉ‼」

 つい責めるような声になると、フルフルと首を左右に振った。

 「ずっと大丈夫で、治りかけていたんだけど……」

 確かに、ゲツレイの元気がなくなったのは江戸に着いてからだ。

 食が細くなったと気付いていた。

 なら、これは?

 スイリョウは気付く。

 「あの時、攘夷派の人と戦ったせい?」

 「中のほうで開いたみたいで……」

 消え入りそうな声で説明する、ゲツレイの瞳が濡れている。

 相当追い詰められている。

 苦しいだろうし、痛いだろう。

 顔が赤いのは、たぶん傷から発熱しているせいだ。

 それが全て、自分たちを守るためだった。

 真実を知れば知るほど、少女の優しさに気付かされる。

 毒気を抜かれ、

 「ねえ、ゲツレイ。治したいから、見せて、傷」と、布団の脇に座りながら言う。

 「やだ。」

 今回も拒否だった。

 何故だろうか考えて、しかし横に座って目の位置を下げた事で、スイリョウは真実にたどり着く。

 必死で隠す腕の間から脇腹の傷も見えているが、その他の部分も見えている。

 右脇腹だけじゃない。

 肩口も、逆の腹も、手も足も、全て古い傷跡だらけだ。

 時とともに薄れているが、それがゲツレイの生き様だ。

 上海マフィアの1人娘・ソンゲツレイとして生きた14年は、『傾国』とまで評される美貌ゆえに、常に襲う身の危険と隣り合わせの生活だった。

 攘夷派を退けた時、ただの武闘派なら誇りをもって胸を張るところを少女は泣いた。

 ばれたくなくて、嫌われたくなくて、葛藤していると気が付いた。

 「ねえ、ゲツレイ。」

 スイリョウは優しく諭す。

 「あたし達はあなたを嫌わない。あなたはすごく強いけど、びっくりするくらい強いけど、それでも優しい子だって気が付いてる。それに、」

 「?」

 「あなたはあたしの妹だから。」

 そのまま抱き締めると、顔は見えない、けれど耳元で嗚咽が響く。

 「ね?だからこれ以上苦しんで欲しくないの。お医者さんに見せよう。」

 返事はなかった。

 しかし、しばらく泣き声が聞こえ、止まった時は意識を失ってしまった。

 どれだけ張りつめていたのだろうと、悔しくなる。

 少女を布団に寝かせながら、スイリョウは階下で待つ少年に指示を出した。

 「ジュンケン‼宗近のところに行ってきて‼飛び切りのお医者さんを呼んでって‼」

 「うえっ?だって、あいつら今?」

 「大丈夫‼大丈夫‼父さんも、宗近も、人に遊ばせて自分は抱かないタイプだから‼」

 「は?」

 「多分飲んでるだけ。行ってきて‼」

 ジュンケンは、ゲツレイの靴を借りて駆け出していく。

 さすがに少し小さかった。

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