第42話 刀傷の少女

 スイリョウが2階への階段を上るその時、

 「う……ううぅ。」

 うめき声を漏らしながらも、ゲツレイは何とか身を起こす。

 上海裏路地非合法育ち。

 これまでも命の危機は何度もあったし、怪我を負うことも少なくなかった。

 微かに親子の情愛はあったとはいえ、父親を頼ることは得策ではない。

 なら、どうしたのか?

 年端もいかない子供の頃から、ゲツレイはまるで野生動物のように、人目を避けて動かず治した。

 まずは食さえ断って改善を待つ。

 傷はいずれ塞がる。熱は引く。

 動けると思えてからは、栄養の補給に努める。

 父、エイシュウのねぐらには、気まぐれで買った食糧やら、酒やたばこが溢れている。

 1度ジュースかと思いワインを口にし、頭はクラクラ、せっかく戻した体力が削れるくらい吐きまくり……

 以来気にしながら口にした。

 ゲツレイの人生はどんな時でも油断がならない。

 

 だから今回も、少女は動かず治そうとしたのだ。

 それは最初の内はうまくいって、順調に回復しているように思えたが……

 攘夷派の襲撃でタガが外れ、そこから一気に不安定だ。

 熱を持った傷は回復どころか、日増しに悪くなっている気がする。

 痛い……

 鼓動に合わせ脈打っている気がする。

 苦しい……

 「せっかく、巡り合えたのにな。」

 小声で呟くのは、大使、スイリョウ、ジュンケン、そしてスウトウの事だ。

 一人ぼっちの路地裏の少女は、偶然から全てを手にした。

 小刀を手に暴れ回る、人の命を情け容赦なく奪う、最悪の正体にもひるまない、受け入れる人達。

 ここはゲツレイにとって初めての居場所だった。

 大好きな場所だったのに。

 このままでは治らないと、そう思った。

 『治らないなら医者にかかる』という発想が、最初から欠如した人間だ。

 治らないなら死んでしまう。

 死にたくはない。

 でも……

 どうしていいか分からないまま、起き上がった少女は傷を見ようと思った。

 痛む、疼く、熱を持って腫れているのは分かっていた。

 開放した傷がない、ことも。

 何か見落としているのかもしれない。

 この状況を打開するヒントが欲しい。

 上着を脱ぐと、ほぼ乳房が膨らんでいない幼女のような白い体。

 患部に巻かれたさらしをゆっくりほどく。

 出てきたのは白い脇腹に真一文字の傷、その周囲が赤く腫れる、数日前と変わらない光景で。

 もう、どうしていいかわからない、瞬間、

 「おーい。ゲツレイ、起きてる?」と、日常の続きみたいな声がする。

 スイリョウだった。

 完全無防備……だいたい上半身裸だし、見せたくない刀傷をさらす自分にゲツレイは慌てるも、

 「入るよ。」

 同性の気安さか、間髪入れずにスイリョウが入室してくる。

 瞬間脇腹の刀傷が見え、

 「何?ソレ、ゲツレイ‼」と駆け寄ってくる。

 少女は……

 布団に隠れた。


 



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