第39話 春の雪

 「なあ、スウトウ。ここ、おかしくないか?」

 座敷に上がり、出てきた食事をガツガツ食べて、ひとごこちついたのかジュンケンが訊いた。

 いやいや、やっとかーい‼

 心の中で突っ込みが炸裂するスウトウだったが、完全に上ずった状態で実際には何も言えなかった。

 宗近、大使、そして随員である自分達2人の前に食事が運ばれ、子供であるジュンケンを除いて酒も付いた。

 が、スウトウは飲んでいない。

 飲酒の習慣もなかったが、ひっきりなしに出てくる着飾った女性達に舞い上がっていたのだ。

 今夜一晩の伽のためだ。

 宗近が店そのものを貸し切っていたので、おそらく彼女らには一定の収入が入るのだろうが、実際に相手をしたものに上乗せがあるのかもしれない。

 高級な店だけありあからさまなアピールはないものの、酌をしながらしなだれかかったり、体に触れてきたり。

 おかげでお子様なジュンケンにも気付けたのだ。

 「なあなあ。」

 しつこく訊くから説明しようとした。

 が、新しく入室してきた女性の1人に目が奪われる。

 女性達は4、5人をグループとし、宴席に交代交代で入ってきた。

 「この子達で最後だね」と、部屋の隅に控えていた店主らしい女将のセリフ。

 彼女らは序列の順で顔見せしたらしく、最後となった着物のランクも下がった中にその女性はいた。

 あまりの白さに呆気にとられる。

 目の前の女性は雪の精のようだった。

 スウトウの周囲には、少なくとも平均以上どころか上の上に分類される女性が2名いる。

 スイリョウは背が高すぎる以外文句なしで、スタイルもいい、扇情的な美人。

 ゲツレイはハーフゆえの気圧されるような美人だ。

 つまり2人共、田舎出の小市民には迫力があり過ぎるのだが、彼女はまるで風景に溶けこむような柔らかさだった。

 いや、見た目は派手だ。

 黒髪黒目の和風美人の中に、なぜこんな子がいるのかと思う。

 「雪乃と申します」と言った、言葉もまるで普通のイントネーション。

 彼女もゲツレイ同様、外国の血が混じっているのかもしれない。

 雪乃は白髪……と言うより銀髪と言うべき髪を和風に結い、瞳の色は灰銀だ。

 肌は真っ白。

 なのに奥ゆかしい笑顔で、客を取ろうとガツガツした周囲からは完全に浮いている。

 ベタベタもしてこない、柔らかい、派手な見た目に合わない純朴な雰囲気……

 ポカーンとした青年に、悪い人生の先輩モード、宗近と大使が気付き目配せしたが、スウトウはそのことにすら気が付かない。

 雪乃から目が離せない青年に、

 「なあなあ。おかしいよな、ここ?」と、さっきから不安げな少年の声。

 焦れているジュンケンに、こっちも余裕が0となった、スウトウは結局ありのまま告げる。

 「ここは……」

 ささやく真実に、14歳、思春期の顔色が変わる。

 『喜び』ではない、『驚愕』であり『混乱』したのだ。

 ジュンケンにも知識はある。

 いつかの未来に致すつもりが、いきなりの据え膳状態で現れたのだ。

 「悪い、スウトウ。後で俺の靴、持ってきて。」

 分かった途端、見事な戦略的撤退を決めた。

 一瞬で開け放たれた窓から外に飛び出していく、脱兎のごとき後ろ姿に、

 「あーっ‼逃げたぁ‼」は、スウトウ。

 「あはは。」

 「早かったかぁ?」と、笑い飛ばしたのは大使と宗近。

 若者いじりが止まらない。

 「もちろん、スウトウは上がっていくよな?大人だし。」

 「その娘の事が相当気に入っていたようですね。」

 こうしてスウトウは逃げ場をなくす。

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