第38話 光の町、夢の国?

 その界隈は光に溢れていた。

 夜が来れば暗くなる。明かりを得るための油はあるが、お金がいる。

 なら寝た方が良いと言うこの時代、さすが『夜』が主役の吉原だった。

 油も匂いが気になる魚の油ではなく、菜種油を使っているのか、空気も清浄。

 と言うか、大使館から歩いて行ける距離に歓楽街があるとは知らなかった。

 「うわっ、すげえ」と、ジュンケンは眩い光に浮かれている。

 14歳。

 気付かないのかとイライラするが、分からなくても、察せられなくても責め切れない、14歳。

 大人と子供の中間だ。

 そして勿論、28歳、スウトウはこの町の意味に気付いている。

 男の人がお金を払い、女の人を買う町だ。

 道を行くのは不自然なほど男性が多く、それぞれの置屋には格子越しに外から見えるような座敷があり、そこに華やかな衣装の女性達が座っている。

 そこをかぶり付いて見る、客である男達のギラついた様子が……

 下品だと思う気持ちと、同じくらい期待してしまっている気持ちと、気恥ずかしいような、困ったような、けれどやっぱりウズウズした落ち着かなさが交じり合う。

 『なんちゅうところに連れて来るんだ‼』と、案内役の宗近を睨むが気付いていない。

 大使と、中野の通訳を交えにこやかに会話している。

 ダメだ。

 大使含め、後輩をからかうお茶目な先輩モードになっている。

 14歳で僧堂育ち、事態を察してすらいないジュンケンは勿論、スウトウも現代風に言えば『魔法使い』、1歩手前だ。

 科挙試験のみの人生。

 色恋に割く時間など無かった。

 そのことを後悔はしていないが……

 いきなり訪れるかもしれないチャンスが『異国の歓楽街』って、ドラマチックが過ぎるだろう‼

 不意に周囲の男達がざわめき始め、左右に散って道を開ける。

 着飾った高下駄の女性が、供を従え歩いていく。

 「花魁行列ですよ」と宗近が言い、

 「ほう」と大使が息を吐く。

 何もかもが別世界過ぎて、自国の歓楽街すら知らない、スウトウは目が回るようだった。

 「ここですよ」と、宗近が示したのは、大きな料亭のような、周囲と比べても一目で高級とわかる建物だった。

 この店には、顔見せの格子はない。

 そこは小さいとは言え藩主の息子だ。

 『相手を選んでそのまま』のシステムではなく、宴席を設けて芸者遊び、そして『気に入った女性と』のシステムである。

 「あがるよ。」

 声を掛けられ靴を脱ぐ。

 「……」 

 期待と不安と混乱とで頬を上気させるスウトウと、

 「うわっ、すげえ‼」と、まだ何もわかっていないジュンケンだった。


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