第36話 臥竜(DreamingDragon)、臥竜(SleepingDragon)に会う

 「臥竜だ。」

 つい口をついた呟きを、拾っていたのは大使だけだ。

 江戸城に参内し、謁見の間に案内された。

 宗近が座り深々と頭を下げるのを見て、大使とジュンケンもそれに倣う。

 ただ正座の習慣はなく、なんとなくの立て膝だ。

 中世の騎士のように頭を下げていると、

 「面を上げよ」の声がかかり、大使に小声で訳してから、少年は顔を上げた。

 彼らの正面、1段高い舞台のような場所に、いつの間にか青年がいた。

 15代将軍徳川敬喜、当時30歳だった。

 この国の実質的な支配者だが、少年はただ、

 『想像より若いな』と思っただけだ。

 宗近と同じくらいか?

 あれが将軍、この国の皇帝か。

 実際は天皇いう存在がいて、例えるならそちらこそ皇帝なのだが、今できる認識はその程度だ。

 大使が、

 「お目にかかれて光栄でございます、将軍様。私が清国大使、王弘雲であります。数日前に江戸に着き、大使館の開設を行っております」と挨拶するから、それを訳す。

 「ああ、事前に家老達から聞いておる。好きにせよ。」

 半ば投げやりな返事。

 その時不意に映像が浮かんだ。

 ジュンケンは確かに、その若い将軍の中に竜を見た。

 うずくまり眠り込んでいる、しかし確かに竜だった。

 今目の前にある、時代に翻弄され半ばやけくそになっている、青白い青年に似合わない……


 「臥竜と言ったね?」

 帰りのかごで大使に訊かれた。

 ああ、そう言えば、

 『ゲツレイ以外に話したことは無かったな』と思い出す。

 さて、どう説明したものかとジュンケンは悩むが……

 まあ、そのまま言うより他がなかった。

 「信じにくい話だけれど、俺には他人の心のありようが映像で見えることがあるんだ。」

 「映像で?」

 「ああ。例えばゲツレイは、上海で見かけたとき『抜き身の小刀』に見えた。スウトウは『年老いた犬』、スイリョウ姉は『爪を研ぐ猫』に見える。」

 「……で、あの将軍は臥竜だと?」

 「そう。全く起きる気配はないけど、竜に見えたよ。」

 「臥竜、か。」

 大使は考え込む。

 臥竜は、今は眠っているものの、いずれ大きなことをする人物を指す。

 諸外国の人々が国に入り、これまでと違う気苦労にさらされ、それでも将軍であらんとする、あの自棄になった感じの青年が『眠れる竜』か。

 いや、眠れる竜と言うならば……

 「ん?何?」

 「いや、何でもないよ。」

 14歳と言ったか、年よりも随分幼く見える広州の天才、ジュンケンこそが臥竜ではないか。

 能力も、夢も希望もパンパンに詰まった小さき臥竜が、時代に翻弄される悩める異国の臥竜と出会った。

 時代が動き始める……

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