第35話 服は着るか、着られるか

 「珍しい恰好してるんだな」と、半笑いでジュンケンがからかう。

 元来他人の風貌にとらわれない、ゆえにゲツレイの国が傾くレベルの美貌にも気付かない少年であるが、全体的な色味の違いは分かったようだ。

 「うるさいな。君もじゃないか。」

 ふて腐ったように、しかし照れたようでもある返し。

 少女はスイリョウが仕立てた服を着ている。

 形は詰襟の上下で普段通りだが、何せ派手だ。

 ピンクというより赤が強い紅色の上衣、着物の布地ゆえに白で桜の花びらが散る。襟を含む合わせの部分は紺色で縁取り、それがそのまま裏地になっているためリバーシブルでもいけた。

 ズボンは紺。

 よくもこんなに凝ったものをと思ったが、裏(紺色一色)で着る度胸は逆になかった。

 プラスで『赤×黒』のセット、同じ赤だが縁取りは金色、裾が床につくくらい長い礼服まである。

 『今回の主役はジュンケンなのに、何をしてるんだか?』と思うゲツレイに、作るなら女の子の服の方が楽しいと言う、製作者の魂の叫びはわからない。

 対してジュンケンも、礼服を着ていた。

 深緑に金の縁取り。

 足首まである裾だけに縁取りがないのは、

 「いい‼汚さないでよ、少年‼普段使いは絶対禁止‼

 まだまだ背も伸びるだろうし、裾出せるようにしてあるから‼胴回りが少し大きめなのもその為だからね‼」とは、スイリョウの弁。

 大きめに作るなら、あのセクハラまがいの計測は何だったのかと疑問はわくが……

 豆官吏のようでなかなか似合っていた。

 同じく黒を基調とし刺繍も鮮やかな礼服姿の大使と、少年は今日江戸城に向かう。

 案内役の宗近と共に、ときの将軍、徳川敬喜(トクガワヨシノブ)に謁見するためだ。

 玄関まで見送ったのは、ゲツレイとスウトウ。

 裁縫スイッチが入って昨日は働きすぎたスイリョウは、寝酒を深酒して二日酔いで起きてこない(酒3連発)。


 あの襲撃事件以来和服を着ない少年が、少しだけ気にかかる宗近だった。

 今日は……

 清国側の通訳としての参加なので、正装なのは理解出来る。

 しかしこれまでの能天気、直情っぷりからすれば、平気で和装で来かねない少年なのに?

 自分のやらかしから始まったこと、江戸城に向かいながら宗近は訊いてみる。

 大使と少年はカゴで移動中だから、騎馬のまま近づいて、

 「コウ君?」と、声をかけた。

 「んあ?何?」

 一応大人、藩主の跡継ぎの自分に対し、相変わらずのぞんざいな返事。

 とは言え、軽く御簾を上げて見せた、その表情は怒っているわけではないようだった。

 「和装は止めたんだね?」

 「ああ、血まみれにしたし、染みだらけなんだよ。」

 想像していない理由をあげた。

 ならばと、宗近は単純に嬉しくなる。

 「もう1着仕立てようか?」

 調子に乗った誘いに、

 「ん-っ、嬉しいけど、でもいいよ」と、少年は乗らなかった。

 「なぜ?」

 「いや、……今回のことで俺、分かったんだ。武士に憧れてここまで来たけど、武士の戦いってのはつまり、生きるか死ぬかで、俺はそこまで考えてなかった。俺に人は殺せない。拳法は強いし、多分本気で戦えばゲツレイとだっていい勝負ができると思う。

 でもたぶん……

 俺には命までは奪えないよ。」

 「そうなのか?」

 「うん。でもさ。」

 意外にも少年は晴れやかに笑う。

 「俺、やっぱり体を動かす方が好きで、武道が好きなんだ。でも、殺せない、武士は無理だ。なら。」

 「?」

 「道は2つだ。殺せる人間になるか、それ以外の方法を探すか。俺はそれ以外を探す。で、どういった時に本気の戦いをするべきなのか、相手の生死を問わず戦うべきなのか、考える。」

 「……そうなのか?」

 「うん。まだ答えはないけどね。」

 にんまり笑う少年は、おそらくまだ迷いの中にいるのだろうが……

 走り出そうと藻掻き、その過程ごと楽しんでいる。

 その姿は、突然舞い込んだ小藩の跡目の責任を捨て切れず、また同時に負いたくないと逃げ回る、自分とは違い過ぎると宗近は思った。

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