第34話 女子力高めの残念系美人
「あーっ、もう‼昨日から女子力いることばっかり‼」
およそ『女子力』とはかけ離れている叫びをあげる。
騒ぎながらも手元は高速で動く。すごい勢いで仕上げていく。
針を使う以上危ないからと、珍しくスイリョウは素面だった。
「あーっ、もう‼」
いきなり服を仕立てることになったのだ。
全ては昨晩の米粉で作った鶏肉餃子の夕食時に、大使が言い出した一言が原因だ。
「急だが明後日、江戸城で将軍に謁見することとなった。」
「ふーん。」
すでに酒が入っていたスイリョウは興味無さげで、
「……」
ゲツレイは我関せず。
「明後日ですか?」
真面目な相槌はスウトウだけだ。
「で、大人数で行くのも警戒しているような印象でいけないし、通訳だけ連れて行こうと思う。」
言われて、
「ふえ?俺?」と間抜けな声を上げるジュンケンだが、すでにその袖口が餃子のたれに汚れている。
清国代表として謁見するなら……
彼らは満州服を着ることとなる。
清は女真族の国、満州族の国だ。
大使親子は漢民族、スウトウも漢民族、ジュンケンは本人も知らないことだが少数民族の血を引いており、ゲツレイに至っては西洋人とのハーフで、どこにも満州族はいないのであるが……
満州服とは『人民服』につながっていく、遊牧民ゆえの動きやすい服で、もっとも単純なものが今ジュンケンとゲツレイが着ている、上着とズボンの上下であり、正式な場ではここに刺しゅうなどの装飾が施され、上着の裾も足首まであるほど長い。
大使は勿論持って来ている。
しかし急に随員となったジュンケンは用意していないし、年齢から言ってそこまで正式でなくとも簡略化した普段の服でもいいのだろうが、その全てが汚れまくって染みだらけだ。
完全ないたずら小僧であり、さすがにそれは無しだった。
「もう‼少年‼なんで君の服は白っぽいのばかりなのよ‼」
結局意外過ぎるほど女子力高めのスイリョウが、作ってくれることとなった。
反物屋で朝から布を仕入れ、すごい勢いで仕上げていく。
「ちょっと、サイズ図らせなさい‼」
「うわっ‼姉ちゃん、勘弁‼」
時々セクハラまがいの計測をしつつ、着物の生地だから裏もつけないといけない、かなり面倒な作業をてきぱきとこなす。
『すごいな、スイリョウさん』と、同じ部屋の隅に膝を抱え、ぼんやりとゲツレイは見つめている。
興味があったわけじゃない。
一向に引かない脇腹の痛みでだるかっただけだ。
そこに歩み寄ったのはスウトウ。
「えっと、ゲツレイさん?」
声をかけると、
「?」
不思議そうに見返しただけだ。
スウトウはゲツレイの世界に入っていない。
それゆえの行動だが、される側は結構キツイ。
「カク、さん?」
「そう。カクスウトウ。その、……僕、君に言わなければならないことがあって。」
「?」
「その……僕も人見知りだから、その……あー、いい年して人見知りなのは理由にならない。その……」
「??」
「江戸に来た日、助けてくれてありがとう。今までお礼すら言えなかった。ごめんね。」
まったくの不意打ちで、何度も頭を下げたスウトウだった。
いきなり何を言い出すのだろうと、あきれたような顔だった少女が、それでも少し笑ってくれた。
向こうから簡単に垣根を越えてくるスイリョウやジュンケンと違い、ゲツレイは自分からは近付かない。
助けられた感謝を伝えたくて、この日初めてスウトウから声をかけた。
青年がやっとゲツレイの世界に入った瞬間だった。
「どういたしまして」と小声で返したその時、
「ゲツレイ……」と、スイリョウが迫ってくる。
目が座っている。
背後に、出来上がった礼服を見てはしゃぐジュンケンが見えるし、高速での裁縫一本勝負(なんと午前中のうちに仕上げてしまった)のあと、興が乗ってしまったようだ。
怪我のこともありおもちゃになるのはまずいと、素早く逃げ出すゲツレイ。
昼食後も即効逃げる。
夕食前に戻った時、普通なら絶対着ない、派手な色合いの満州服が数着出来上がっていたのはご愛敬だ。
さすがのスイリョウも、チャイナドレスを勝手に作る蛮勇は持ち合わせない。
目分量で……
さすがだった。
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