第3章 臥竜、起きかけているがまだ眠い
第31話 戦いの女神、別視点
ちょっと待ってくれと、スウトウは思った。
金のため、生活のために日本に来た。
最初は通訳だったけれど、秘書官に格上げされた。
それはいい。
ここは故郷じゃない、ましてや同じ国ですらない。
毎日が平穏無事に終わるわけはないと思ってはいたが、入国して1週間も経たない、まさかこんなに早く襲われるなんて思わなかった。
かごの外がバタバタしだし、断末魔らしい叫び声が上がっていた。
慌てて飛び出して、濃密な血の匂いに吐き気を催す。
スウトウは清国の地方出身で、簡単に言えば『山間の村』だ。
たまに事故はあったものの、喧嘩騒ぎや事件には、本人が科挙試験の勉強で引きこもっていたせいもあり、ただの1度も遭遇していない。
ましてや、完全に『殺す気』の襲撃など何の耐性も持たないのだ。
キン‼カン‼と、刀を打ち合わせる甲高い音。
時々混じる叫び声の後、気付いたら護衛が全て倒されていた。
残念だが……
彼らはただの1人も、生き残ることが出来なかったらしい。
そして、いまだに残る4人の敵と、ジュンケンが戦っていた。
1人を倒し、何故か動きが鈍くなる。
『やられる‼』と思った瞬間、
「ジュンケン‼」と高い声。
少女の声を、この時スウトウは初めて聞いた気がした。
コウゲツレイと名乗ったか?
不愛想な美少女は驚くほどの手練れだった。
素早い動きで確実に敵の息の根を止める。
三国志や水滸伝の英雄のようだ。
現代の『戦神』がそこにいた。
真っ赤な髪を血に染めて、結局少女が全てを倒した。
それは恐ろしくもあり、美しかった。
呆然とする。
救われた感謝と、あまりの容赦のなさに対する恐怖と、人外とすら思える強さへの畏怖。
驚き過ぎて動けないスウトウの前で、少女がスイリョウにすがって泣いた。
???
どうして?
一拍おいて理解する。
ゲツレイは最初から随員だったわけじゃなく、密航者だ。
しかも目に見えて、自称姉のスイリョウに懐きつつある。
用心棒でも護衛でもない。
戦える、誰かの命を躊躇なく奪う自分を、皆にバレたくなかったのだろうと想像できた。
ジュンケンは魂が抜けたようにヘタり込んでいる。
直後、スイリョウが日本側の案内役、平良四郎宗近を引っ叩いて……
情報量が渋滞して今1つ整理が追い付かない、スウトウだった。
しかし、本当に理解できないのはここからだ。
「ここが清国大使館兼、皆さんの住居です」と、頬に手形をつけたままの宗近が宣言する。
人の往来も多い江戸の町。
その一角にあったのは、かつては旅館だった2階建ての大きめの建物だ。
「へー。純和風で、結構広いじゃない?」と、まるで普通に返事をしたスイリョウ。
「おーっ‼でっけえ‼」と、さっそく上がり込むジュンケン。
「ゲツレイ‼探検しようぜ‼」
「うん」と、少女も続く。
大使と、そして宗近が『爺』と呼ぶ初老の男は、そんな一行を頷きながら見守っていた。
大人の判断‼
全員見事に『なかったこと』にしたらしい。
小競り合いは、してない。
引っ叩かれたりも、ない。
大人って怖い……
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