第30話 戦いの女神

 『あと2人‼』と、ゲツレイは思った。

 戦闘力を残した賊は2人だけで、彼らも今1番危険なのはこの少女と気付いたのだろう、

 「この小娘‼」

 「鬼の子め‼」と、2人同時に切りかかる。

 2対1だ。

 大人と子供だ。

 普通なら絶望的な状況も、修羅場慣れしているゲツレイには関係ない。

 瞬時に判断、より大柄な賊と距離を詰める。

 「‼」

 刀を振ることもできないゼロ距離に飛び込み、奪った脇差で心臓を一突きする。

 今回は喉ではない、その理由は?

 クルリと体を入れ替える。

 ゲツレイはもう助からないとはいえまだ生きている、男そのものを盾とした。

 もう1人の剣が、まだ息のあるお仲間を肩口から切りつける。

 「あ……」

 仲間を切った一瞬の戸惑い。

 そのすきを逃す甘い少女ではなかった。

 盾にした男から再度脇差を奪い、最後の1人の喉を突いた。

 日本の剣術とは違う、清国の武術でもない、生きるために少女が習得したのは突きを多用する最速の剣術。

 返り血に染まった体で、努めて平静にゲツレイは、最後の被害者から脇差を奪う。 

 使っては手放し、使っては手放し。

 使い捨てみたいに武器をふるったから、最後の1本は譲れなかった。

 身を守る、刃をなくすわけにはいかない。

 そこまで冷静に行動し、不意に少女に感情が戻る。

 ……?

 やってしまった。

 常に命と貞操の危険があった、上海マフィアの1人娘、ソンゲツレイそのものだ。

 手加減は自分を殺すから、しない。

 躊躇わない。

 ジュンケンが危なかったからだが、あまりに荒々しい一面を見せた。

 不安で……

 急に一行を振り返る。

 足元に賊が倒れ伏す中、頭から血を被った、美し過ぎる顔を仲間に向けた。

 珍しい、泣きそうな顔で笑って。

 「……」

 スウトウと、日本人2人は呆気にとられていた。

 彼らは知らなかったのだ。

 しかし、大使とスイリョウの親子は……

 ただ真っすぐに少女を見ていた。

 嫌悪も、恐れもない、ゆるぎない視線。

 時折『大丈夫だ』と言うように大使が頷く。

 精神的に張りつめていた、ギリギリだった少女の目から涙がこぼれる。

 「おいで、ゲツレイ」とスイリョウに呼ばれ、自らポテポテと歩み寄る。

 「頑張ったね。大変だったね。ありがとね。」

 抱き締めてくれたスイリョウが嬉しかった。

 姉は……

 こんな私の本性を知っても、嫌わずにいてくれるらしい。

 幸せ過ぎて、人前で感情を見せないポーカーフェイスな少女から嗚咽が漏れる。

 そのまま姉の胸で泣きじゃくる。

 脇腹がズキズキと痛む。

 暴れ過ぎて、傷口が開いたようだった。

 それでも辛うじて立ってはいられる。

 一方ジュンケンは、膝から崩れ落ちていた。

 目の前には自らが傷付けた、決して浅くない切り傷を負った男が呻いている。

 「あれ?……これ、無理じゃない?俺……侍とか……絶対無理でしょ?」

 日本まで来た理由が、最悪な形で幕を閉じた。

 戦えない自分に気付き、珍しく、心ここにあらずな少年を見て……

 「ゲツレイ、ちょっと待っててね。」

 スイリョウがツカツカと宗近に歩み寄る。

 瞬間‼

 パーン‼と乾いた音がした。

 スイリョウが宗近を引っ叩いた。


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