第29話 刀を振ることの意味

 敵は進行方向から現れた。

 清国大使一行は、前に護衛3人、大使、スイリョウ、スウトウ、ジュンケン、ゲツレイの順でかごが続き、列の左右を警戒するために1人ずつ護衛がいる。

 騎馬である宗近、中野は後方だった。

 ジュンケンが飛び出した時、護衛はすべて倒されていた。

 血に飢えた獣のような攘夷派4人が、大使のかごに迫っている。

 危ないと思ったから、考える前に体が動いた。

 「させるか‼」

 一瞬で距離を詰め、大使のかごに1番近い男の前に出る。

 振り下ろす刀を、自らの刀で止める。

 キン‼と澄んだ音が響いた。

 ジュンケンは、日本刀にこそ慣れていないが、拳法なら達人級だ。

 当然剣舞も修めている。

 だからそれは反射だった。

 刀を受け止めた後、その勢いをいなした。そのまま横殴りに刀を振るう。

 頸動脈を狙ったのだ。

 振りながら気づく。

 あれ?

 これって殺しちゃわないか?

 ジュンケンは並の大人などものともしない実力ながら、それはあくまで道場で、と言うか育った僧堂での組手だった。

 剣を使うこともあるが、刃がついているなら約束組手で、相手を殺傷するものではない。

 行きずりの戦いで獲物を持ったことなどなく、誰も殺したことのない自分に気付く。

 侍が戦いに使用する刀は……

 本気で相手を殺すものだと、動き出した後で気が付いたのだ。

 焦りから軌道を変えた。

 型とは大したもので、間違いなく首を狙い相手を殺害したはずの剣は、男の胸を大きく裂いた。

 致命傷にはならないが、気力を奪うには十分で、

 「ぎゃあーっ‼」と叫ぶと、男はその場に膝をつく。

 ただ、あまりにももろく引き裂かれた肉体の感触が、沸き上がった濃厚な血の匂いが、それを成したのが自分であると言う事実が。

 「……」

 言葉にならない。

 戦って生きることの意味は。 

 何も知らなかった、ただ純粋に憧れただけの少年の心を凍らせる。

 ジュンケンは動くことが出来なくなる。

 まだ敵は3人いる。

 「この小僧め‼」

 中の1人が刀を振り上げた。

 動けないジュンケンを袈裟懸けに切ろうとする。

 「危ない、少年‼」

 叫んだのはスイリョウだ。

 ゲツレイが飛び出してきたのは気付いていたが、大使にスイリョウ、スウトウまでもかごを出ている。

 「コウ‼」と叫んだのは、スウトウで。

 心のダメージが大き過ぎて、反応できないジュンケンは諦めかける。

 だが、

 「ジュンケン‼」

 上海では助けたはずの少女が、一瞬で戦いに飛び込んで来る。

 「う……うぅ……」

 声なんて上げようがない。

 そして少女に情け容赦はない。

 ジュンケンを切ろうとした男の間合いを潰し、刀は近過ぎると切ることが出来ない、その戸惑いのすきをついて、少女が小刀を突き立てる。

 あの錆びた小刀だ。

 柄まで喉ぼとけに飲み込まれ、崩れる男から脇差を奪う。

 返り血に染まり、ただでさえ赤い髪が燃え上がる。

 戦いの女神が降臨する。

 

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