第27話 何もできない己を知る

 「俺は一体何をやっているのだ?」

 思わず漏れた独り言。

 習慣になっている晩酌の最中だった。

 春とは言え夜は寒い。

 熱燗を含みながら、宗近は思考の海に沈む。

 宗近は3男とは言え藩主の息子で、江戸には『江戸屋敷』と呼ばれる邸宅がある。

 しかし、車も電車もない、東京と横浜の距離がそういう意味で遠かった19世紀のこと、今は横浜港内の旅館に滞在している。

 清国一行を泊めている外国人向け宿舎にほど近い、いわゆる上流階級向けの旅館だった。

 こういったところに当たり前に泊まれる感性こそ、やはり彼が所詮いいとこのお坊ちゃんで、世間知らずだと示していた。

 宗近はずっと自分が恵まれていないと思っていたのだ。

 藩主の息子とは言え3男で、どうせなら嫡男がよかった。

 家では嫡男だった兄、そのスペアだった次男にはそれなりの教育をさせ手もかけていたが、3男の自分はおざなりだった。

 そういった不満をマイナスにとらえていた彼は、それでも金を工面してくれる母親がいて、苦労してでも何かを勝ち取れた自分が、しょせん井の中の蛙と気づいてしまう。

 彼の周りには家来がいて、長男次男に比べれば極めて少数でも、自分にかしずく者がいる異常さに改めて気づく。

 「俺は世間知らずで、苦労知らずだ。」

 家来だから、宗近が間違っても何も言わない。

 彼には圧倒的に経験が足りない。

 そう言えば、初対面でも少女に不躾な質問をした。

 あの瞬間から、自分は彼らに嫌われていたのではないか。

 清国大使一行の案内役は、国元に帰らない方便だった。

 ならば嫌われても良いかといえば、宗近はそこまでビジネスライクになり切れなかった。

 異国人相手の手探りの人間関係に、すでに失敗しているとやっとわかった。

 無意識に常に上からだったから、少年にすでに地位としては破綻している、けれど何も知らない彼が憧れる『侍』の装束をプレゼントした。

 面白いから、そうした。

 ひどく無神経で、意地の悪い話じゃないか?

 考え込む主君に、爺である中野が言う。

 「私達が四郎様を諫め、お教えすることはありません。けれど既存の身分制度から外れた外国の方との付き合いは、おそらくあなた様を成長させるかと存じます。」

 その発言は、イコール『今は足りない』という意味となる。

 少女にも少年にも、謝らねばならない。

 

 どうすればいいか悩む内、その瞬間が訪れる。

 

 翌朝横浜を出発し、昼近くまで進んだ田舎道だ。

 「攘夷‼攘夷‼」

 「お覚悟を‼」

 叫び声とともに、招かれざる客が飛び出してきた。

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