第26話 手に入れてしまったもの

 夕食が終わり部屋に戻っても。

 浮き立つような、フワフワした気持ちが消えなくて、ゲツレイは戸惑う。

 上海マフィアの1人娘。

 そうした感情に縁が無さすぎて、自分が何を思っているのかさえわからない。

 ただ、

 「あたしの妹に何か文句でもあるの?」と、抱き締められて。

 体格差から苦しくなる。 

 強く強く抱き締めるから、脇腹の傷がズキンと痛む。

 それでも……

 あんな風に守られたことなど、今まで無かった。

 そこまで考えて、やっとわかる。

 このフワフワした感情の正体に。

 私は『嬉しかった』んだ。

 ゲツレイは差別に鈍感だ。

 生まれてこのかた、奇異な見た目ゆえ色眼鏡で見られてきた。

 だから異分子扱いを気にしない。

 むしろ一瞬とはいえ反応してしまった。

 それこそが本人にとっては異常事態。

 同時にこの感情の正体だった。

 私はずいぶん『今』を気に入っている。

 「俺と密航しないか?日本に行こう‼️」と、差し出されたジュンケンの手をとったのは気まぐれだ。

 上海に居場所がなかっただけだ。

 でも、その気まぐれが導いたのは?

 戦闘力ならゲツレイが遥かに上なのに、無条件に守ろうとしてくれる姉に、それを見守る父。

 そして無邪気で何も気にしない、だいたい宗近の発言で緊張感を増した食卓で、

 「うわっ‼️旨い‼️何、これ⁉️」

 「あ……それは、かしわですね。」

 「かしわって……ああ‼️鶏かぁ‼️」

 マイペースに食事を続け、

 「旨いぞ、これ‼️食ってみろよ、ゲツレイ‼️」と、当たり前に誘ってくる。

 弟のような相棒が……

 出会ってまだ半月にもならない。

 短い付き合いの彼らを驚くほどに気に入っている、自分自身を再確認した。

 宗近の説明によると、その彼らを傷付けようとする者がいる。

 攘夷派とか言ったか?

 それだけはさせない。

 ゲツレイは、隠し持っていた小刀を取り出す。

 上海で実の父の血を浴び、その命を奪い、その部下達も葬り去った。

 手入れする暇は無かったので、血糊が赤黒く付着したまま、錆が浮き始めている。

 酷く切れなそうではあるが……

 いざとなったら戦うしかない。

 絶対に大使を、スイリョウを、ジュンケンを守り抜きたいゲツレイだった。

 ただ、守り抜くことはイコール、それは上海マフィアの1人娘、ソンゲツレイ本来の姿を晒すこととなる。

 少女はバレていないと思っている。

 残忍な本性が白日の下に晒されれば……

 大切に思ってしまったからこそ、軽蔑されたり、恐れられるのは嫌だった。

 まあ、ジュンケンは知っているだろうけど……

 大使親子は知らないはずだ。

 しかし。

 万が一が起こった時は躊躇わない。

 彼らを失うのは絶対嫌だ。

 錆びた小刀を片手に、決意を固めるゲツレイだった。

 ちなみに。

 お互いが人見知り同士。

 ゲツレイの『大切』に、スウトウはまだ入れない。

 

 

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