第25話 無意識の罪

 一行が日本に入って4日目の夕食時、

 「手続きはおおむね終了致しました。明日1日を準備にあて、明後日の朝には江戸へと向かうこととなります」と、宗近が言う。

 江戸は……

 言わずと知れた日本の中心都市だ。

 日本は『藩』と呼ばれる小国の集まりで、それを一纏めにしているのが幕府。幕府があるのが江戸である。

 もちろん清国も、この江戸に大使館を置く予定だ。

 すでに廃業した旅館を一棟買い上げてある。

 「ただ1つ問題がありまして。」

 「?」

 「日本には今『攘夷』と言う考え方があるのです。」

 『攘夷』とは、外国人排斥運動。

 半ば力づくの強引さで国内に入り込もうとする外国勢力を嫌い、時に武により排斥する。

 時代の抵抗勢力だ。

 「ああ、なるほど」と、理解したのはオウコウウン。

 駐日大使、その人だ。

 大使は清が諸外国に蝕まれ、せめてもの抵抗に起こしたアヘン戦争に敗北、さらなる譲歩を迫られた。

 苦しみ喘ぐ、その過程を実体験していた。

 今日本は、あの頃の我が国と同じ過程にあると理解したが、排斥される対象が自分達ではたまらない。

 「まあ、彼らの目標は西洋人で、皆様は大丈夫だと思いますが。」

 言いながら宗近は、ゲツレイを見た。

 まったく他意はない。

 しかしながら生粋の清国人とは異なる、赤い髪と緑の目を見てしまった。

 途端、少女の肩が微かに揺れる。

 『しまった‼』と思ったときは遅かった。

 「あたしの妹に何か文句でもあるの?」と、酔っぱらっていたとは思えぬ俊敏さで、スイリョウが少女を抱きしめる。

 ゲツレイの方はもうすっかりテンションを戻し、

 「食べにくい、スイリョウさん」と、食事を継続している。

 今晩はテンプラだ。

 エビや魚がサクッと揚がり、芋やネギなど野菜もある。

 正直旨い。

 しかし、急に自分の無神経さに気付かされた宗近は、落ち着かない気分になる。

 彼は不遇な3男とは言え、所詮は藩主の息子の、お坊ちゃまだ。

 差別しようという意図はなかった。

 ただ感情のままの、思いついたままの視線が他人を傷つけることがあると、初めて気付いた。

 「あ……あの……」

 謝罪すべきである。

 しかしその言葉が出ない内に、

 「外国人排斥の動きがあることは理解した。なら、我々はどうしたら良い?」と、大使に水を向けられる。

 「あ……

 明後日はかごを使う予定です。私と中野は騎馬します。皆さんはかごに乗ってもらい、その警護を雇ってもらえれば。」

 人員はただではない。

 お金のかかる分野であるが、大使は即決する。

 明後日にはかごが5台、2人で1つを担ぐから人員は倍の10人。

 そこに、かご1台につき護衛が1人。

 総勢5名の護衛が付き、江戸への旅が始まる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る