第24話 裏と表くらい、違う

 『よくあんなに溶け込めるものだ』と、スウトウは内心舌を巻く。

 密航者騒ぎで何人もぶちのめした、その甲板員達と笑いあえる少年に、おそらく全く相容れない、水と油みたいな溝を感じる。

 内向的で生真面目な自分と、明るく誰とでも仲良くなる少年。

 望んでも望んでも科挙に通ることのなかった、しかも未だに諦め切れない女々しい自分と、そんな物に何の価値があると、合格しながら投げ出した少年。

 流されるまま、ただ諦めて生きる自分と、自らの意思で走ろうとする少年。

 どうしようもない差が、どうにもならない差が悔しくて、少年の存在はいつもスウトウの心をかき乱した。

 船は帰りの分の食料と燃料、そして輸入品を積み込んで、明日の夕方には日本を出る。

 スウトウはその事務手続きを行っていた。

 出来ればこのまま国に帰りたい、モヤモヤした気持ちを抱えながら……

 「おい、ジュンケン。昼だし、僕は一旦宿に戻るけど?」

 「ああ、俺はみんなと食べるよ‼料理長、ご馳走してくれる?」

 「勿論だ‼」

 「最後の中華だ‼腹いっぱい食えよ‼」

 甲板員達と騒ぐ姿を眩しいもののように見つめた後、スウトウは船を降りて行った。

 イライラする……


 「おーい‼カク君、遅い‼もう食べてるよぉ‼」

 宿舎の食堂に顔を出すと、スイリョウが大声を出す。

 安定の酔っぱらい。

 ただいつもと匂いが違う。

 「うえっ?なんですか、これ?」

 独特な匂いの酒に顔をしかめるスウトウに、

 「これ、日本の酒だよ」と、笑う。

 「酒がなくなってさぁ。」

 洋酒1ダース、この短期間に真面目に飲み干したらしい。

 いや、本気ですごいな、この人。

 昼食に出されたのは麺類で、白い麺に茶色のだし汁が掛かっている。

 「これが和風というものなのか?魚介の出汁がすごいな」は、大使の弁。

 この人はこの人で、違いを、知らないものを恐れない姿勢がすごい。

 ゲツレイは、食べながら半分寝ている。

 「ゲツレイ。お腹いっぱいになったらもう1度寝ておいで」と言われ、

 「……」

 こくんと素直にうなずいた。

 初め見たとき、恐ろしくきれいな子だが不愛想だと思った。

 今も口数は少なく表情にも乏しいが……

 慣れたと言う言葉で済ませていいのか?

 少女は確実に変わってきている。

 それとこれを一緒にするのもどうかと思うが……

 スイリョウは飲む酒が変わった。

 物事は変わる、それが真理だ。

 変わらないのは後ろ向きで出来ないことに拘り続ける自分と、夢だけ見て突っ走っているあいつだけだ。

 スウトウもまた、日本の武士の、それほど夢を見れない現状を知っている。

 「ジュンケンは?」

 「あいつは船の連中と意気投合してますよ。」

 「そっか。」

 訊くだけ訊いて、酒をあおるスイリョウ。

 遅れてきたスウトウの前にも、湯気の立つうどんが運ばれてきた。

 変わらなければいけない……


 次の夕方、船が清へ帰っていった。

 大使とスイリョウ、スウトウ、ジュンケン、そしてやっと目が覚めたらしいゲツレイに見送られ、船は港を離れていく。

 

 清がまた、遠くなる……

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