第23話 横浜港、1人歩き

 朝食が終わると、ゲツレイは寝てしまった。

 男女ではあるが同い年の彼女のことは、ジュンケンも気にかけている。

 『疲れているのかな?』と、思った。

 出会った瞬間の、抜身の小刀のような印象は忘れない。

 少年は直情的だが、鈍感ではない。

 少女が異常な緊張状態にあったことはわかっていた。

 スイリョウは宗近を伴い酒を買いに出かけ、気難し屋のスウトウは仕事、唯一暇そうな大使を遊び相手に選ぶほどの常識無しではない。

 なら今日はどうしようと思い、『通訳』として同行しているはずなのに肝心の言葉がまだまだなことを思い出す。

 船の上で1週間ほど、根を詰めて覚えただけだ。

 昨夜日本側の案内役に出会い、最低限の会話は成り立ったものの、中野とかいう日本側の通訳がいなければ難しかった。

 ならば実践あるのみだ。

 少年は港の中に駆け出していく。

 出会った人に会話を仕掛けていった。


 横浜港には、荷運びの仕事をする日本人達が散見された。

 宗近と同じく、羽織袴に帯刀している偉いらしい役人達、店を構える商人達より

ごく普通の人達に、ジュンケンは声をかけていく。

 相手は最初、元服前の武士の子、しかも結構家柄もよい子だと身構える。

 それはそうだ。

 宗近が与えた着物は上等で、帯刀した、まだ髷を結っていない子供が近づいてくるのだ。

 一瞬面倒そうな顔を見せるが、その言葉がたどたどしいことで、現代風に言えば『外国人のコスプレ』だと気が付いた。

 あとは面白がって話してくれる。

 「なんだ、ボウズは侍が好きなのか?」

 1人が訊いた。

 「うん。俺の国、学問が全てなんだ。」

 「ん?じゃ、戦はどうするんだ?」

 「兵隊なら学問はいらないけど、その上になるのは科挙を通らないといけない。頭でっかちな机上の空論になる。」

 「?」

 「難しい言葉を使うなぁ、ボウズは。」

 「ああ、俺達より達者だな。」

 男達は笑い、この純粋そうな少年に好感を抱くが、それゆえに心配にもなる。

 「この国の侍も、いろいろだぞ。」

 彼らが教えてくれた。

 「真っ当な人間もいるだろうが、少なくとも儂は会ったことがない。威張り散らして偉そうな奴らばっかりだ。」

 「何かあれば刀を抜いて脅してくる。」

 「ボウズが思うほどいい連中じゃねえぞ。」

 そこに住む人々からの言葉は少年に重く響いたが、しかし、聞いた話だけで憧れを手放すには至らない。

 ならば、そう言う者にならないようにしようと、ジュンケンは思った。

 やがて太陽が真上に近付き、空腹を覚えた。

 男達も昼からは仕事が入ったと移動して行く。

 「ありがとう、おじさん達。」

 「いいってことよ。」

 「頑張れよ、ボウズ。」

 男達と別れ宿舎に帰ろうとしていたジュンケンの目に、見覚えのある船が飛び込んできた。

 少年が乗ってきた清国の船だ。

 港に停泊したそこには次々と荷が運び込まれ、甲板には作業を見守るスウトウの姿も見える。

 船は帰国間近だった。

 「おーいっ‼みんなぁ‼スウトウ‼」

 少年は駆け出していく。

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