第19話 ウイスキー、カウントダウン

 「なんか、ムカつく……」

 思わず漏れた呟きに、父親がビクッと肩を揺らした。

 ああ、別にあなたのことじゃない。

 出戻って以来、やたら自分を気にしてくる大使に、スイリョウは苦笑いを浮かべた。

 『いまさらそんな態度をとられても』と言う白けた気持ちもあるが、

 『恨むならあなたの言うことを聞いた自分自身だ』と言った、自らの言葉に嘘はない。

 スイリョウは、当時の女性としての当り前を気にするあまり、自らの人生を放棄した。

 これは動かしがたい事実で、続く3年間の嫁生活は地獄だったが、それすら自分が選び取った……いや、選ばなかったがゆえの因果応報だ。

 だから、父親を恨んでいない。

 好きか嫌いかなら別問題で、尊敬できるか否かならもっと別の問題だが、恨みはしない、絶対に。

 「別に父さんのことじゃない。」

 父親に話す時、あえてテンションを作っていない限り、スイリョウはいつも紋切型となる。

 大使の方は『話したくもない』ととり、娘の方は『話す必要がない』ととる。

 親子はすれ違い続ける。

 2人は、宗近に案内された宿舎内の、ソファーなどが置かれたフリースペースにいる。

 スイリョウはすでに酒瓶片手で、上海でダースで仕入れた洋酒は残り2本(1本飲みかけ)、

 『横浜でも買えないかな?』と思っている。

 コウウンは、まだ具体的な仕事がない。

 年少2人は買い物に出かけ、ジュンケンは数日間日本に停泊後清国に戻る船に戻り、船員への給与の支払い……正式には国に戻ってから支払われるが、異国で買うものもあるだろうと一部先払いされる分の支払いと、持ち帰らせる書類や書簡の準備をしている。

 宿舎には今『2人』だけなのだ。

 「じゃあ、いったい?」

 「ああ。あの平良だかって言う殿様。」

 「えっ?」

 鈍感なのか、ある意味鈍感じゃなければ役人なんてやっていられない、わからない父親に、

 「ああ」と、スイリョウはため息をつく。

 頭を掻きながら、ソファーに胡坐をかいている。

 酒瓶片手。

 あまり女性のする格好ではない。

 別の意味で、

 『他人がいなくてよかった』と思う、コウウンだった。

 「あいつ、あたし達の案内役って言ったよね?」

 「ああ。」

 「なら、なんでここにいない?」

 言われてやっと気付いた。

 この一行は『清国駐日大使』一行で、メインは『駐日大使』であるオウコウウン。

 本当に真面目に案内役をする気なら、大使に寄り添い今この場にいるべきなのだ。

 けれど、今ここに宗近はいない。

 「さっき、服を買いに出たちびどもを追いかけてったよ。」

 スイリョウは見ていたのだ。

 出かける年少組2人を興味深そうに見て、中野とかいうお付きの老人も連れて後を追った。

 その行動が決して好意から行われたわけではないと、うっすら大使にも察しが付く。

 「何考えてやがんだか?」とスイリョウが酒瓶を逆さにし、残りの液体を喉の奥に流し込んだ。

 これで、あと残り1本。


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