第18話 YOKOHAMAは今も昔も港町です

 「なら、しばらくはこの港から出られないのですか」

 「はい。手続その他で4、5日頂きたい。その後江戸に移動する手はずとなっております。」

 一行が案内されたのは、港の敷地内に作られた宿泊施設だ。

 近代建築とまではいかないが、木造3階建ての建物で、『高級旅館』という表現が1番似合う。

 湯ばあ〇が出てきそうな雰囲気だ。

 「幸いにも他国の宿泊客はいません。ご自由に使っていただいて構いません。」

 「痛み入ります。」

 「食事の用意もさせていただきますし、風呂もあります。」

 余談だが、主に西洋人を泊める目的の場所ゆえにシャワーなどを付けたかったが……

 現代と違い、捻れば温水が出る蛇口などない。

 故に日本的大浴場を併設することとした。

 まだまだ混浴も普通だった時代、一応男女別になっている。

 宿舎には別の宿泊者もいず、事前に言われた通り清国一行の貸し切りだった。

 「俺、ここにする‼」

 十分1人1部屋使える。

 大き目のベッドがあり、事務スペースも広々ととられた1室に、ジュンケンの浮かれた声が響いた。

 「やっと自由になる……」は、スウトウで、船内では押しかけ同居人に苦しめられたようだった。

 「……」

 ゲツレイがチラリ、スイリョウを振り返る。

 「一緒に寝る?」と笑うから、慌てて首を左右に振る。

 大使も自分の居室を決めた。

 実は清国ご一行、この5名しかいない。

 最低限で動いてみて、後から必要なものを探したり、本国に手配するつもりだ。

 今は最少人数だった。

 彼らは居室に入り、まずは手桶いっぱいのお湯をもらった。

 船旅でたまった汚れを、まずは拭き清めようとする。

 ゲツレイも選んだ部屋に入り、ドアがしっかり閉まっているか確認してから服を脱ぐ。

 ごまかしていたが、清国から着の身着のままの上着は、右脇腹が大きく切れて赤黒く血の跡がある。

 濃紺でよかったと思う。

 久しぶりで外したさらしの下は、白い肌に一文字の傷。

 見かけ上はそれだけだったが、腕を上げるとひきつれた様に痛い。

 触れても傷まないが、押せば痛い。

 奥まで完全に付いていないのか、傷が大き過ぎたせいでなかなか治りは悪かった。

 お湯で体を拭いて、着替えのないゲツレイは、もう1度血に汚れ赤黒くなっているさらしを巻いた。

 血に汚れた上着を着る。

 大丈夫……多分大丈夫……

 身支度を整えると、ジュンケンと共に大使に呼ばれた。

 「2人は突然の旅となったし、着替えなどはないだろう。これで買いに行って来なさい。平良殿に聞いた話だと、宿舎近くに商店があるらしい。」

 渡されたのは見たことのない貨幣……

 おそらくこの国のお金だった。

 「え?でも、いいのか、大使?」

 「勿論だよ。それにジュンケン、君はもう通訳として働きだしているじゃないか?」

 なら働いていない自分にはその資格がないと思うゲツレイの手を、性質は素直でまっすぐだ、ジュンケンが引いた。

 「よし‼行こうぜ、ゲツレイ‼」

 「あ……」

 「夕方までには帰っておいで。」

 年少組の2人が駆け出していく。

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