第17話 狐と犬と猫

 「狡猾な狐だな。」

 思わず出た呟きに、

 「ああ、やっぱそういう感じか」と、小声が返る。

 ゲツレイはジュンケンの能力を知っている。

 船が港に入って、もとより密航者の2人は荷物がない。大使親子とスウトウの荷下ろしを手伝っていると、

 「ニーハオ」と、声がした。

 清国も広い。

 ゲツレイの上海にも、ジュンケンの広州にも方言があり、共通語とは違う。

 しかしそれが、『こんにちは』であることは分かっていた。

 振り返ると、日本的着物(羽織袴)姿の男性がいた。

 背は平均より高い。スウトウの上、スイリョウの下くらいだ。

 青年というには年上で、中年には早い、30代に見える。

 端正な顔立ちで、目は細め。

 頭に髷を結っていて、どうやら侍のようだった。

 ちなみに、清国は女真族の国なので、成人男性は辮髪が普通だ。

 ただ大使とスウトウは、異国への駐在任務と言うことで辮髪は免除されていた。

 少年であるジュンケンもしかり。

 「私は平良藩藩主・平良多郎好隼が3男、平良四郎宗近と申す。あなた達は清国大使御一行とお見受けする。

 私が貴殿らの案内役を仰せつかった。」

 続く言葉は日本語だが、彼が連れてきた中野と名乗る初老の男は、清国語が達者なようだ。

 訳してくれたのでコミュニケーションに問題はなく、ジュンケンも取り合えずの仕事はない。

 ただ聞き取りの確認にはなる。

 概ねわかる。問題ない。

 そして瞬間、宗近と名乗る男のイメージが見えた。

 敵とまでは言えない、しかし味方とも思えない、『狡猾な狐』だった。

 「わかるのか?」

 「まあ、私も敵か味方か?くらいなら。」

 上海の路地裏で、常に命と貞操の危険があった、ゲツレイならではの感覚だった。

 『信じすぎないように警戒していこう』と決めた少女を指さして、

 「あの……清国人だけでは無いのですか?」と、宗近が問う。

 気にしないジュンケン、(多分)気を使っているオウ親子、基本人見知りなスウトウに囲まれ、本人さえも忘れていた。

 男はゲツレイの髪と瞳を怪しんでいる。

 「混血。」

 非常に短く、ゲツレイが答えた。

 これは中野もジュンケンも訳しきれず……

 結果紙に書いて伝える。

 「母親がイギリス人。」

 続く言葉はジュンケンが訳した。

 「ああ」と納得する宗近を見ながら、

 『いけ好かない奴だ。』

 『油断ならない』と思いつつも、ジュンケンの目は宗近の腰に差した刀を追う。

 武士に憧れて、刀を持って戦いたいと願ったのに、実際に見るのは初めてだった。

 目が離せない。

 そして一方ゲツレイは、隙を見せられない狡猾な狐に、戦える心づもりだけはしておくのだった。

 私の仲間を、大使を、スイリョウさんを、ジュンケンを傷つけるなら許さない。

 まだあまり馴染みのない、スウトウはメンバーに入っていない。

 ずっと1人だった少女は、人生で初めて得た距離感のおかしい人達を、大切なものとして認識し始めた。

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